- 男
- 明け方、川沿いの道を車で飛ばしていると天使を轢いてしまった。
- 急ブレーキの音。撥ねられる天使。
- 男
- 大丈夫ですか。
- 天使
- 大丈夫じゃないです!
- 男
- すぐに救急車呼びますんで。
- 天使
- 何してんですか。めっちゃ痛いんですけど。何でぶつかるかなぁ。
- 男
- すいません。
- 天使
- あなたが僕をちゃんとよけたら、あなた車ごと川に落っこちて死ねたんですよ?
- 男
- え?
- 天使
- 困るんですよ。そういうことされると。あなた死にたがってたじゃないですか。だったらちゃんと僕をよけて死なないと。困るんですよ。そういうことされたら。
- 男
- どうして私が死にたがってることを知っているんですか。
- 天使
- 決まってるじゃないですか。僕、天使ですから。いい感じにあなたを事故らせて、いい感じに死んだあなたを天国へ連れて行こうと思ってたのに。困るんですよ。そういうことされたら。
- 男
- 天使。あなたが。
- 天使
- そうーですよ。困るなぁ。こういうことされると。絶対骨折れてるし。
僕、しばらく仕事できないじゃないですか。
- 男
- すいません。
- 天使
- 完全に翼が折れてます。困るんですよ。こういうことされると。
どうしてくれますか?
- 男
- ちゃんと責任は取らせていただきます。
- 天使
- 言いましたね?あなた言いましたね?じゃあ僕が回復するまで、
代わりに天使をやってください。できますよね?
- 電話の音がする。
- 男
- 私はその日から天使の仕事をするようになった。
- 受話器を取る音。
- 天使
- もしもし。僕です。
死にたがってる人は、おうおうにしてあの川沿いの道を飛ばすんです。
待ってるんですよ。飛び出してくる人を。
はい。この前渡した翼。ちゃんとベルトで固定してくださいね。
- 男
- 明け方に川沿いの茂みに隠れて、車が通るのを待ち、
よけ切れるギリギリのタイミングで道路に飛び出す。それだけだ。
面白いようにみんな川に落っこちて車の中で溺れてしまった。
- 天使
- どうですか。調子は。
- 男
- みんな私をよけて死んでいきます。
- 天使
- あと一か月だけ頑張ってください。僕の翼の骨も何とかなりそうです。
- 男
- あっという間に一か月が過ぎた。そして今日、天使の仕事も終わる。あ。
- 車のブレーキ音。
中から誰かが飛び出してくる。
- 誰か
- 大丈夫ですか!
- 男
- ・・・
- 誰か
- ちょっと!起きてください!ちょっと!!あ。
- 男
- 薄れゆく意識の中で、男の顔が霞んで見えた。それは私の顔だった。
- 終わり