- 一組の若い夫婦がアパートの一室で目を輝かせている。その目線の先には・・
- 男
- ついに・・きたな
- 女
- ついに・・きたわね
- 男女
- ・・クーラー!
- 女
- ほら、ね、今年こそ奮発して正解だったでしょ!さすがに扇風機じゃもう無理無理
- 男
- あー涼しい。あーやばいなこれ(リモコンをピッピッと押す)あー極楽、極楽
- 女
- ・・ちょっと温度下げ過ぎじゃない?
- 男
- たまには贅沢させろよ
- 女
- もーそんなお腹出してコロコロ転がって。氷のうえのアザラシみたいよ
- 男
- いいよ、アザラシ嫌いじゃないし
- 女
- そーゆー問題じゃないでしょ
- 男
- なぁ腹減った、腹
- 女
- はいはい。もう茹で上がるから待ってってば・・あーもう暑っ。コンロに近づくのも嫌だわ
- 男
- なんだこれ、エコモードだって。(リモコンのエコボタンを押す)へぇー
- 女はコンロの火を止め、湯きりをする。
- 女
- はーい、できたわよ
- 男
- おー、やっぱ夏はこれに限るね、冷やし中華。しかもクーラーがんがんかけて
- 女
- 電気代分、ちょっと今月のおこずかいカットね
- 男
- え、うそ、マジで?!
- 女
- ほら、さっさと食べる。片付かないでしょ
- 男
- いや、ほんとうまいよ。このきゅうりの細切り具合といい、錦糸卵のふわふわ具合といい、
あー、麺の茹で加減も最高!
- 女
- 褒めてもおこずかいカットは変わんないから
- 男
- ええー。これ以上減るのはさすがに厳しいキュー
- 女
- キュー?
- 男
- キュー・・なにキュー?
- 女
- え?ちょ、ちょっと・・ええー!?顔、顔
- 男
- なんかついてるキュー?
- 女
- じゃなくて、アザ、アザラ・・
- 男
- アザラキュー?・・・・キュー!!!!
- 女
- アザラシ!
- 男
- か、か、か、顔が!ど、ど、ど、どーなってんだキュー!
- 女
- ばっかじゃないの!なにほんとにアザラシになってんの?!
- 男
- え、え、え、ちょ、明日から俺仕事どーすりゃいいのキュー
- 女
- それどころじゃないでしょ。え?ちょっとこれから私、アザラシと一緒に暮らさなきゃなんないの?!
- 男
- 見捨てないでキュー!!
- 女
- んなこといったって、アザラシって何食べんのよ!冷やし中華とか食べていいわけ?!
- 男
- そんなの知らないキュー!
- 女
- あーもうそのキューキュー言うのやめてってば
- 男
- そんなのキュ言ったっキュー・・
- 女
- もう、だから!落ち着いて考えらんないでしょ!
- 男
- ひ、ひげ、引っ張んなキュー!!
- 女
- だいたいね、クーラーの下でアザラシみたいにコロコロしてるからよ!もー、クーラー禁止!
- 男
- それはないキュー!!
- 女はクーラーを OFFにし、窓をガラリと開ける。
風で、りーんと窓辺の風鈴が鳴る。
- 男
- あーあーなにすんだよ、せっかくの極楽が・・
- 女
- あ
- 男
- え
- 女
- 顔
- 男
- ・・・おお
- 女
- 戻った・・
- 男
- なんだったんだ・・一体
- 女はガサっと何かを踏む。
- 女
- もーこんなとこにクーラーの取扱説明書置いたままにしないでよね・・ん?
『これであなたも節電上手。エコを促す最新機能付き』
- どこかでアザラシがキュッキュッと笑い声のような鳴き声をあげた気がする。
- END