- 私
- では最後に我が社の面接を希望された理由をお教えくださいますか。
- 彼
- はい。御社の宝石に対する姿勢に共感を覚えたからです。
- 私
- 例えばそれはどんなところでしょうか。
- 彼
- 調べましたところ宝石業界も不況だそうで、
なかなか宝石が売れないそうです。それにともない値段もどんどん下がってきております。結婚指輪でさえ消費者は安価なものを求めています。
しかし御社に限っていえば、安易に宝石の値段を下げるようなことはしておりません。それはつまり、高価であるからこそ宝石は値打ちがあるものだという一貫した信念を創立以来持ち続けているからだと思います。
それは今の消費社会、つまり安ければなんでもいいという態度に真っ向から反対するものです。そのような姿勢に御社の魅力を感じます。
- 私
- 彼の額からにじみ出た一筋の汗がゆっくりと頬を伝い、顎へ向かっていく。私は頷きながら、彼が何度も今日の面接を頭の中でシミュレーションをしてきたのだと思った。彼の回答は理路整然としていて淀みがない。模範的解答。きっと彼は優秀な学生に違いない。しかし模範的であれば宝石が売れるというわけではない。一連の彼の言動からは柔軟性が決定的に欠けていた。
私の頭の中では、一面接官としての彼への興味は完全に消えていた。
- 私
- なるほど。では以上で面接を終了とさせていただきます。
採用の合否に関しましては3日以内にお電話させていただきます。
本日はお疲れ様でございました。
- 彼
- 使ってください。
- 私
- え?
- 彼
- もうここしかないんです。お願いします。
- 私
- 申し訳ありません。私の一存で決めることはできないんです。
- 彼
- じゃあもし不採用だった場合、僕のことを飼っていただけますか。
- 私
- 飼う?あなた、何言ってるの?
- 彼
- 僕、戌年なんです。養ってください。
- 私
- 言うまでもなく彼は不合格だった。
3日後、彼に電話をすると彼は落胆する様子もなく
- 彼
- じゃあ今日から僕はあなたの犬です。
- 私
- そう言った。
- 彼
- わんわん!
- 私
- 家に帰るとスーツ姿の彼が飛び出してきて私の首筋を舐めた。
- 彼
- わんわん!
- 私
- はいはい。ごはんね、すぐ用意するからね。
- 彼
- わんわん。わんわん・・・わんわん!
- 私
- え?もう料理できてるの?
- 彼
- わん。
- 私
- 嗚呼。このビーフシチュー。とってもおいしいわ。
- 彼
- わんわん!
- 私
- え?部屋、掃除してくれたの?
- 彼
- わんわん!
- 私
- え?洗濯も?
- 彼
- わうーん!わうわう。わうわう。
- 私
- はいはい。わかったわよ。散歩ね。
- 彼
- わくーん!
- 私
- それからというもの、私は仕事から帰ると彼の作った食事を食べ、
- 彼
- わんわん!
- 私
- 夜道を散歩をして
- 彼
- わんわん!
- 私
- 帰ってくると彼を抱いてベッドで眠った。
- 彼
- わんわん!
- 私
- 彼は誰よりも暖かい。家事もすべてこなしてくれる。
いつの間にか彼は私にとってなくてはならない存在となっていった。
そしてあっという間に一年が過ぎたころ・・・
- 彼
- くぅん・・・
- 私
- 彼はあっけなく死んでしまった。
私は泣いて泣いて泣き疲れて、眠った。そして彼の夢を見た。
- 彼
- ご飯、できてるよ。
- 私
- 夢から覚めると私は、台所に彼の作ったシチューを見つけた。
食べ終えると鍋の底に光るものを見つけた。指輪だった。
- 終わり