マンションの寝室。
夏。遠くで蝉の声。休日の午前中。
布団をまさぐる音。
マキオ
ない。
ミカ
え。
マキオ
パンツ。
ミカ
パンツって。
マキオ
あった。違う、これミカのだ。
ミカ
なんなのよ。
マキオ
買ってくるから。
ミカ
今から?
マキオ
だって、ゴムなくちゃ出来ないだろ。
ミカ
ああ……。
マキオ
この間、ラスイチだと思ったんだよ。買っとけば良かった。
ミカ
……うん。
マキオ
すぐ買ってくるから、ちょっと待ってて。
ミカ
マキオ。
マキオ
なに?
ミカ
ううん。
マキオ
なんだよ。
ミカ
つけなくてもいいんじゃない?
マキオ
なんで。
ミカ
そこまでちゃんとしなくても、夫婦なんだし。
マキオ
でも、出来たら困るだろ。
ミカ
たぶんもう出来ないよ。
マキオ
そんなことないだろ。今どき四十過ぎたってできるんだから。
ミカ
そうかなあ。
マキオ
なに、欲しいの?
ミカ
そういうわけじゃないけど。
マキオ、布団から出る。
ミカ
なに。
マキオ
あのな。
ミカ
ちょっと、裸で正座しないでよ。
マキオ
こういうことはちゃんと話し合わないと。
ミカ
パンツはきなって。
マキオ
俺、子供欲しくないんだ。
ミカ
……うん。
マキオ
仕事もやっと持ち直してきたとこだしさ、
いま子育てに時間割かれるのは正直ちょっとしんどい。
ミカ
うん。
マキオ
かといって、お前に押しつけるようなこともしたくないしさ。
ミカ
うん。
マキオ
お前だって仕事休みたいわけじゃないだろ。
三・一一で意識変わったって言ってたじゃん。
ミカ
社会構造とか見えちゃったからね。
マキオ
この間の記事良かったよ。褒められたんだろ、編集長にも。
ミカ
来月の特集任せてくれるって。
マキオ
二人じゃ駄目かな。二人で家事して、二人で働いて、結構充実してるじゃん。
ミカ
……わかった。
マキオ
え?
ミカ
いいよ、つくらなくても。
マキオ
だから、そういうのやめようよ。
ミカ
え?
マキオ
一方的に押しつけてるみたいじゃん。
考えてること言ってくれたら説得されるかもしれないし。
納得して結論ださないと気持ち悪いよ。
ミカ
だって説得するほど欲しいわけじゃないし。マキオが言うこともわかるし。
マキオ
だけど欲しいんだろ。
ミカ
わかんない。
マキオ
なんだよ、わかんないって。お前が言い出したんだろ。
ミカ
もういいって。
マキオ
なにが。
ミカ
子供つくらなくていい。
マキオ
ほんとに?
ミカ
子供産むばかりが幸せじゃないし、マキオとなら二人きりでも大丈夫だと思う。
マキオ
二人きりってさ。
ミカ
っていうか、幸せになるために子供産むってなんか違うよね。
子供は私のために生まれてくるわけじゃないんだし。
マキオ
うん。
ミカ
ただ諦めがつかなかっただけだから。
マキオ
どういうこと?
ミカ
避妊やめても出来なかったら、そういう体質だったんだなって諦めつくでしょ。
マキオ
避妊すんのやめたら、妊娠するよ。
ミカ
そうかな。
マキオ
そうだよ。
ミカ
作ろうとしなかったことを後悔しちゃうんじゃない、いつか?
マキオ
(考えて)たぶん、大丈夫だと思う。
ミカ
私は自信ない。もしそうなったら、マキオのせいにしちゃうかもしれない。
マキオ
え、そうなの。
ミカ
……うん。
マキオ
ミカが後悔しなくてすむように努力するけど、もしダメだったら、
怒りでもなんでもぶつけていいよ。
ミカ
うん。
マキオ
言ってることおかしい?
ミカ
ううん。
マキオ、立ち上がる。
ミカ
買いに行くの?
マキオ
シャワー浴びてくる。散歩行こう。
ミカ
うん。
マキオ、扉をあけて出て行こうとする。
ミカ
ねえ。
マキオ
うん?
ミカ
もし、後悔しちゃったらさ。
マキオ
うん。
ミカ
一緒に、後悔して欲しい。
マキオ
……うん。わかった。
マキオ、出て行く。浴室からかすかにシャワーの音が聞こえる。
ミカ、シャワーの音と蝉の声をしばらく聞いている。
ミカ
あ、あった。
ミカ、立ち上がり、浴室へ行く。
浴室から、かすかに二人の声が聞こえる。
ミカ
あったよ。
マキオ
なにが。
ミカ
パンツ。ほら。
二人のじゃれ合う声が聞こえる。
音楽。
幕。