- 男
- 私は、自分で言うのもなんだが、紳士だ。着こなしにもそつがないし、
ヘアースタイルを常にキープするため、三日に一度は髪を切っている。
もちろん、礼儀正しいことでも有名で、レディーファーストは鉄の掟だし、
滅多に怒ることもない。
そんな、パーフェクトなジェントルマンである私の最大の悩みは、
私にふさわしい伴侶、つまり淑女、レディーがいないことだ。
現代日本では見つけることが出来ないのかもしれないが、
私はめげずに美しきレディーを探す旅を続けている。
- 短い間奏曲。
- 男
- さて、もう、真夜中近くになってしまった。
一日の終わりにシングルモルトをたしなむのは長年の習慣なのだが、
今夜は少し飲み過ぎたらしい。酔い覚ましもかねて、
二駅くらいは歩いて帰ろう。なんとも月が綺麗な・・・・
- 暴走族が男の傍らを通過して行く。
- 男
- ・・・ステキな夜じゃないか、と言いたかった所だが、
なんて下品な音だ!折角の夜が台無しじゃないか
- 女
- おい、おっさん!
- 男
- これまたなんて下品な言い方だ!と、いうか・・・
- 女
- おっさん!
- 男
- 私のことかな?
- 女
- あんたのことだよ!のたくた歩いてねえで、
さっさとどっかいけよ。おっさん
- 男
- お、おっさんとは失礼な!私がどこをどう歩こうが勝手だろう
- 女
- 注意してやってんだよ。空ばっか見てっから、道路に飛び出てるよ
- 男
- あ!これは、失礼。歩行者は道路を歩いてはいけない
- 女
- 感謝しろよ
- 男
- ありがとう、ございました
- 女
- お、以外と素直だね
- 男
- 当たり前だ。紳士たるもの、素直に自分の非は認めなければならない
- 女
- 紳士ね
- 男
- そうだ。私はジェントルマンなのだ
- 女
- ならアタシはレディーだよ
- 男
- は?君が、レディー?
- 女
- ブラック・クイーンズっていうレディースさ
- 男
- レデイース?君のどこがレディーなんだ?ジェントルマンの私は認めんぞ、
君がレディーだなんて!
- 女
- ははは。おもしれえおっさんだな。
- 男
- いいか、よくききなさい。本物のレディーというのはしとやかで、
慎み深く、バイクなんかに股がらないものなのだよ
- 女
- やかましいな。口うるせえ男は女にもてねえぞ
- 男
- それだけは、いうな!
- 女
- お、図星?
- 男
- 違う!理想の淑女が見当たらないだけだ
- 女
- はははは。ほんと素直だね。キライじゃないよ、そういう男
- 男
- からかうのもいい加減にしなさい
- 女
- どこまでいくのさ
- 男
- 家に帰る所だ
- 女
- 送ってってやるよ
- 男
- は?
- 女
- 二ケツで送ってってやるって言ってんだよ
- 男
- 冗談はよしてくれ
- 女
- おい、ジェントルマンってのは平気で女の申し出を断るもんなのかよ
- 男
- それは・・・
- 女
- ほら、メット。うしろ、のりな!
- バイクがうなり声を上げる。
- 男
- 私は、自分で言うのもなんだが、紳士だ。着こなしにもそつがないし、
ヘアースタイルを常にキープするため、三日に一度は髪を切っている。
もちろん、礼儀正しいことでも有名で、レディーファーストは鉄の掟だし、
滅多に怒ることもない。
そんな、パーフェクトなジェントルマンである私は、
ご婦人の申し出をむげに断ることは出来ない。
それは紳士として失格なのだ
- 女
- おっさーん!家どこだー?
- 男
- あー、もう、とっくに通り過ぎたよ
- 女
- なら、湾岸線までぶっ飛ばすかー!
- 男
- ヘルメット越しに見上げる月は、
上質なシングルモルトのように琥珀色に輝いている。
見れば見るほど、私の酔いは深くなっていき、
紳士という着こなしと理想の淑女という幻想が
バイクのスピードにはぎ取られてゆく。
湾岸線どころか、このまま地球の裏側にだっていってしまいたい。
よっしゃああああ!このまま海に突っ込むかーー!
- 女
- ばーか。風邪引いちまうだろがよ
- 男
- ジェントルマンは風邪ひかんのだ!
- (了)