- チャイム音。とある古びたアパートの一室に男がやってくる。
- 男
- 失礼しまーす。先生おつかれさまです。原稿すすんでますか?先生?あれ?先生・・
- 女
- ここにいます
- 男
- わっ
- 編集者らしき男の背後に、先生と呼ばれた作家の女が立っている。
- 男
- 先生!おどかさないでくださいよ!
- 女
- すいません。影が薄くて・・
- 男
- どうですか、原稿は?
- 女
- それが、その、まだ・・全然書けてないんです
- 男
- 全然ってその・・1ページも?
- 女
- すいません
- 男
- 困りますよ先生!締め切りもう明日ですよ!
- 女
- そうなんですが、いいネタが見つからなくって
- 男
- 参ったなぁ・・そうやって家に引きこもってばかりいらっしゃるからですよ
- 女
- どうも外は苦手で
- 男
- だめです!だいたい不健康すぎます。先生、肌も真っ白じゃないですか。ちょっとは日に当たらないと
- 女
- ・・努力します。でも差し当たって明日の締め切り分、何を書いたらいいか・・あ。あなたの最近のエピソードとか聞かせてくれませんか?
- 男
- ええ?わたしのですか?うーん急に言われても
- 女
- 些細なことでも構いませんので
- 男
- そうですね・・あ、たいした話じゃないんですけどね、こないだ久しぶりに編集長と差しで飲んだんですよ
- 女
- 編集長さんと。へぇ
- 男
- たまたま残業で二人だけ残っちゃって、まぁ終電まで小一時間くらいあるし一杯行きますかってことで立ち飲み屋にね
- 女
- ふんふん(メモを取り出す)
- 男
- そこでね、どエラい事が起きたんです
- 女
- なんです、なんです?
- 男
- 編集長が一杯めに頼んだビールを乾杯もせずにぐいぐい一気飲みして・・急に泣き出したんです!
- 女
- ええ、なんでまた?
- 男
- それが、ここだけの話、どうやら社でリストラ話が出てるそうで、そのリストのなかに編集長の名まえも入ってるって噂みたいで
- 女
- あーそれは泣いてしまいますね
- 男
- でしょ?編集長には子どもだって奥さんだっていますしね
- 女
- それで?あなたはなんでそんなに嬉しそうなんですか?
- 男
- あ、にじみ出ちゃってます?
- 女
- それはもう聞いてくれと言わんばかりのハッピーオーラが
- 男
- いやーそのとき聞いたんですけどね。実は、編集長の後任にどうやらわたしの名まえが上がってるらしいんですよ
- 女
- それはすごいじゃないですか
- 男
- いえいえ、それほどでもないですよ。でも長年の苦労がようやく実ったっていうか、なんていうか、感慨深いもんです
- 女
- で?そのあとは?
- 男
- あと?
- 女
- 立ち飲み屋をでて
- 男
- ああ、勿論終電に乗るために編集長と駅に向かいましたよ。ホームで待ってたら、割とすぐに電車がホームに入ってくるのがみえて
- 女
- で?
- 男
- それで、わたしは背中をだれかに押されて・・あれ・・?
- 女
- そのあとは?
- 男
- そのあとは・・
- またもやチャイムの音。別の男が入ってくる。
- 男
- 失礼しまーす。先生おつかれさまです。原稿すすんでますか?先生?あれ?お一人ですか?
- 女
- はい、一人ですよ
- 男
- あれ?話し声が聞こえた気がしたんですけど・・まぁいいや。原稿すすんでますか?
- 女
- まだ書けてないんですが・・面白いネタが見つかりました
- 男
- おっ!きた!先生、神がおりてきましたか?
- 女
- おりてきたというか、憑いてきたというか
- 男
- え?なんです?またお得意の霊感話ですか?だいたいこの部屋、暗すぎますよ。
カーテン開けたらどうです。今度差し入れに清めの塩でも持ってきますね
- END