- 男
- 突然ですが、僕は記憶喪失です・・・・・。
- 外で、踏切の警告音と列車が通り過ぎる音が聞こえてくる。
- 男
- 記憶喪失といっても、全てを忘れてしまった訳でなく。
所々の部分が曖昧で・・・・・普通に生活は出来るけれど、不確かな記憶のせいで何処か自分が頼りなく、会社を辞め・・・・
昔から住んでいた家を改装して・・・・今は、小さなカフェの店主をしています
相変わらず頼りない自分だけど、少しずつ・・・・
そんな自分とも上手くやっているようになりました。
- カランカランとドアが開く音。
- 女
- ただいま、戻りましたー。
- 男
- 今は、アルバイトの子に店を手伝ってもらっています。
突然、去年にふらっと店にやってきて、
そのままバイトとして来てくれている面白い子で・・・・・
そして、とても頼りになる子です。
だからでしょうか・・・・3年ぶり・・・・
そう記憶が欠けてから初めてあなたに手紙を書いてみようか・・・・・と、
そんな気持ちになった訳です・・・・・。
- 男、小さく「うーん」と唸る。
- 女
- どうしたんですか・・・・・?
- 男
- いや・・・・・その、上手く書けなくて・・・。
- 女
- 手紙・・・・・ですか?
- 男
- (自分自身で確かめるように)うん・・・・学生時代の後輩・・・・なんだ。
- 男
- 毎年、この時期に、桜色の便箋とお揃いの封筒に入れて送ってくれてるんだ・・・・たぶん、卒業してから、ずっと。
- 女
- どちらも・・・・桜の花が咲く頃・・・ですね。
- 男
- あ、言われたら・・・そうだね本当。
- 女
- お返事は・・・・・水色の便箋、なんですね。
- 男
- そう・・・・・・・前から、使ってたみたい。
- 女
- あなたらしい・・・・。
- 男
- え?
- 女
- え・・・・・あの、その色合いがオーナーらしいなって。
- 男
- なんか、子供の時から・・・・文房具とか、小物とか・・・服とか、水色多くって。
上手く言えないけど、落ち着くんだよね・・・・・。
だけど・・・・・なんだか、今は落ち着かないっていうか・・・・。
- 女
- え?
- 男
- 相手の子に・・・・・あなたの顔が思い出せません・・・なんて書けないなって。
- 女
- でも・・・・嘘ついたって仕方ないじゃないですか。
- 男
- そうだけど・・・・・あれから、手紙出してないし・・・・・・3年も。
相手からも来ないってことは・・・・忘れてるんじゃないかな、僕のこと。
- 女
- そんな・・・・・・・。
- 男
- もう、数年も音沙汰なしだもん・・・・きっと、そうだよ。
- 女
- そんなことないですよ・・・・待ってるかも。
- 男
- そうかなあ・・・・・。
- 女
- そうです・・・・・絶対、そうです!
- 男
- 今日は・・・・・食いつくねえ。
- 女
- そりゃそうです・・・・・・待ってたんですもん。
- 男
- ・・・・・・・・・え?
- 女
- その手紙の相手・・・・・私なんです。
- 男
- え?え!?
- 女
- いつも手紙、くれるのにいつまで経っても来ないから・・・。
その代わりみたな風の便りに・・・・あなたのこと聞いて・・・・・訪ねてみたら、普通に「いらっしゃいませ」って・・・・・。
だから、思い出してくれる日が来たらいいな・・・・・なーんて、
思わずバイトに立候補しちゃいました。
- 男
- え・・・・・いや・・・・・その・・・・言ってくれたらいいのに・・・・・どうして?
- 女
- 思い出せないのって、私よりも・・・・本人が一番辛いんじゃないかなって。
- 男
- うん・・・・・まあ、そうかも。
- 女
- だから・・・・・ずっと、黙っていてごめんなさい。
- 男
- こちらこそ・・・・色々上手く言えないけど・・・・・ごめん。
- 女
- ありがとう。
- 男
- え?
- 女
- 例え・・・・・全部思い出せなくても、
私と手紙のこと、ずっと気にしてくれて嬉しかったです。
本当・・・・・ありがとう。
- 男
- うん・・・・・・。
- 女
- あの・・・・公園でお花見しませんか?
- 男
- え?
- 女
- もう、ほとんど散っちゃってるかもしれないですけど・・・・・
なんだか、先輩の書けなかった手紙も・・・・・
そして、先輩の「これから」も・・・・時間はかかるかもしれないけれど、
実を結んで花が開くような・・・・なんだか、そんな気がするんです・・・・・きっと。。
- 女、男の手を取って、外に連れ出す。
微笑む2人の前には、桜の花が満開に咲いている景色が広がっている。
- 終