- 各駅停車の電車のなか。
営業帰りらしい若いサラリーマンが午後のあたたかな日差しに微睡んでいる。
駅に止まると同い年くらいの女が少しよろけながら乗り込んできて男の隣に座る。
- 女
- は.ぁ(ため息)
- 男は女の存在に気づく。
- 女
- はぁぁぁぁぁ.ぁ(さらに大きいため息)
- 男
- ・・あのぅ
- 女
- あ、気になりました?
- 男
- 気にさせようとしました?
- 女
- ええまぁ
- 男
- ああそう
- 女
- ああそうってもっと他になんかないんですか?
- 男
- なんかって?
- 女
- なにかお困り事ですか?とか、わたしで良かったら聞きましょうか?とか
- 男
- 面倒そうなことには出来るだけ関わらないようにしてるんで
- 女
- でたよ
- 男
- は?
- 女
- 現代人にありがちな事なかれ主義
- 男
- あなたも現代人でしょうが
- 女
- あーあーこれだから。万年平均点、横並びの人生ってやつ.?
- 男
- 初対面のくせにやけに絡みますね
- 女
- イライラしてるの
- 男
- みれば分かります
- 女
- ここまで言ってもなんでか聞かないわけ?
- 男
- 勝手に喋ればいいだろ
- 女
- それはちょっとだけ聞きたくなってきたという意味だと解釈してもいいかしら?
- 男
- お好きにどうぞ
- 女
- 話しは簡単よ。わたしの左手の人差し指を掴んで下さい
- 男
- は?
- 女
- 聞こえなかった?わたしの左手の人差し指を掴んでください
- 男
- いや聞こえたけど。宗教の勧誘かなんか?
- 女
- 私が信心深く見える?ほら、はいどうぞ(左手の人差し指を差し出す)
- 男
- はいどうぞって言われても
- 女
- なによ女みたいにグジグジと
- 男
- いや、どう考えてもおかしいでしょ
- 女
- わたしの指に触れるのが嫌だっていうのね
- 男
- 泣き落としとかきかないんで
- 女
- ちっ、分かったわよ。じゃあ先に話します。わたしの左手の人差し指に触れるとね、わたしとあなたが<あべこべ>になるの
- 男
- <あべこべ>に?それってよく少女漫画とかである男女の体が入れ替わって的な?
- 女
- まぁ厳密にはちょっと違うんだけど概ねそんなかんじ?
- 男
- そこから始まるラブストーリー的な?
- 女
- 思ったより夢見がちなのねあなた
- 男
- やっぱやめとく
- 女
- うそうそうそ、始まる始まる。ときめいたりとかしちゃう、しちゃう
- 男
- もとに戻せるんだよね
- 女
- 簡単、簡単。とりあえずお試し感覚で
- 男
- じゃあ・・試しに
- 女
- どうぞ
- 男は女の左手の人差し指を掴む。
- 女(声は女だが中身は男)
- うわっうそっ!マジで入れ替わった!
- 男(声は男だが中身は女)
- 気分はどう?
- 女(男)
- あれ?でもなんかおかしくない?
- 男(女)
- まぁそうね。あなた逆さまだもの
- 女(男)
- あれ?俺、なんで手で立ってんの?
- 男(女)
- だから言ったでしょ、<あべこべ>になるって。
入れ替わるだけじゃなくって上下も逆さまになるの
- 女(男)
- え、ちょっと頭に血がのぼりそうなんだけど。戻せよこれ
- 男(女)
- 慣れたらさっきまでの私みたいに逆立ちの要領でひっくり返れば足で歩けるようになるから
- 電車が次の駅に止まり男(女)は颯爽とホームに降り立つ。
- 女(男)
- お、おい。置いてくなよ。うわぁぁぁ(倒れる)
- 閉まる電車の扉。
- 男(女)
- 大丈夫。意外と<あべこべ>でもだれも気にしないものよ
- END