- 繁華街
- 女N
- つかの間のお正月休みも終わり、昨日は仕事始め。そして、今日はお休み。
今年も早速、代わり映えのしない日々が始まった。分かってるの。
私だけじゃないって。でも、私は私だから。気付けば、夜の繁華街にいた
- 酔っ払いの笑い声
- 女N
- 立ち飲み屋で、おじさんたちが楽しそうに騒いでいる。
うちの上司も休日はあんな顔しているのかしら。楽しそう。でも、悲しそう。
悲しいから楽しいのよね。それも分かってる。分かってるの
- 猫の鳴き声
- 女N
- 猫ちゃん。猫は、こういう時、大抵、路地裏に誘ってくれて、
付いて行ったら手相占いのおじさんがいて、いいアドバイスをくれるの。
でも、誘ってくれないから、自分から路地裏に入ったわ
- 喧騒が闇に消えて行く
寂しげな風の音だけが聴こえる
- 女N
- 奥へ奥へと進む。表通りの喧騒は闇に溶け、静寂が私を包み込む。何でだろ。
何で怖くないんだろう。月が出ているから? それとも、疲れてるから?
今夜は朧月夜。何だか友達になれそうね
- 風鈴の音
- 女N
- ん? 何の音? 暗闇の奥、灯篭の明かりにゆらゆらと揺れている…風鈴!?
私、こんな冷たい風に揺れている風鈴、見るの初めて。ふっと、振り返ったら、男の人がいたわ。手相のおじさん? ううん。かなりのイケメン
- 男
- 何をしているの?
- 女
- いや
- 男
- お店?
- 女
- え?
- 男
- どうぞ
- お店のドアの開閉音
店の中はシンと静まりかえっている
- 女
- 何ですか、ココ
- 男
- スイッチ屋さん
- 女
- スイッチ?
- 男
- スイッチ屋さんは初めて?
- 女
- はい
- 男
- ココには色んなスイッチがあるよ
- 女
- スイッチって、何のスイッチですか?
- 男
- 人が生きて行くために必要なスイッチ
- 女
- え?
- 男
- 上司に怒られた時、やる気が出ない時、一人で寂しい時。
気持ちを切り替えるためにはスイッチが必要だからね。君はスイッチを持ってないの?
- 女
- やっぱり、買った方がいいですよねえ
- 男
- 買わなくていいんじゃない?
- 女
- え?
- 男
- 人間らしくていいよ。スイッチだらけのロボット人間より、自然体でボロボロになって生きている君の方ががどれだけ素敵か
- 心が風鈴のように揺れる
- 女
- どんなスイッチがあるか見てもいいですか?
- 男
- 気になるスイッチがあれば、何でも聞いて
- 女
- コレは?
- 男
- それ!?
- 女
- 何のスイッチですか?
- 男
- それは、この部屋のスイッチ
- 女
- この部屋?
- 男
- 電気のスイッチだよ
- 女
- あ、電気の
- 男
- 普通の
- 女
- 普通のスイッチ
- 男
- 消してみよっか
- 女
- え?
- 部屋の電気が消える
月の光が店内に差し込む
- 女
- あ、明るい
- 男
- 雲が移動したんだね
- 女
- 月明かりが、綺麗…
- 男
- 暗闇でしか見えないものってあるからね
- 女
- 夜を知らない人は、星も知らない
- 男
- だから、君は大丈夫だ
- 女
- もう少しこのままいてもいい?
- 男
- 朝までゆっくりして行けばいい
- 冷たい風に揺れる風鈴
いつの間にか付いて来ていた猫が鳴く
- 女N
- 私はこのまま、妄想のスイッチを切らないで居ることにしたわ。
何だか、月曜日が楽しみになって来た。イケメン店長から買ったスイッチで、上手く世間を渡り歩いてやるの。なんか、スイッチが入った気分よ。
きっと、冬の風鈴のせいね
- 終