- テレビの音とそれを見て笑っている男の声
玄関のカギをあける音
テレビのスイッチが切れる
女が入って来る
- 男
- おかえり~
- 女
- ただいま
- 男
- どうだった?結婚式
- 女
- すごく、素敵だった
- 男
- それはよかった
- 女
- 小説は進んだ?
- 男
- あー、いや・・・
- 女
- ・・・ねえ、まじめにやらなきゃ
- 男
- やってるよ
- 女
- うそ、ねえ、将来のこととか考えてる?
- 男
- 考えてるよ
- 女
- 例えば?
- 男
- ・・・じゃあ、こうしよう
- 女
- 何?
- 男
- 今から、きっかり三時間で僕はこれを書き上げる!
- 女
- え?
- 男
- そして、それができたなら、結婚しよう
- 女
- なにそれ?
- 男
- ちょっと、ひどいよ!せっかくのプロポーズが!結婚したくないの?
- 女
- したい!けど、そういうことじゃない!私が言ってるのは
- 男
- 何か問題ある?
- 女
- ある!大有り!結婚したって同じ!何も変わらない!
- 男
- そうかな?
- 女
- そう、あなた働くの?それとも、その書いた小説がすごく高く売れるの?
- 男
- ・・・
- 女
- あのさ、私はねあなたの才能を信じてる、信じてるけど、
働いて疲れて帰ってきて、1ミリも進んでんない真っ白なその画面を見せられると、めいってくる
- 男
- 僕だってめいってる
- 女
- そうね
- 男
- だろ
- 女
- もう、終わりにしなきゃ
- 男
- どういうこと?
- 女
- 母さんが、帰ってきてお見合いしたら?って・・・
- 男
- へえ
- 女
- それだけ?
- 男
- だって、しないでしょ?君のお母さん、2週間に一回はそうやって電話してくる
- 女
- そうね
- 男
- ほら、別に今に始まった事じゃない
- 女
- ええ、でもそれは私にその気がなかったから
- 男
- だって、ないでしょ?
- 女
- ・・・
- 男
- ・・・え、あるの?うそ!僕を捨てて?
- 女
- ・・・
- 男
- できない、君にはできないよ、僕にはわかる
- 女
- そんなの分からない
- 男
- ああ、でも
- 女
- でもなに?
- 男
- 僕の小説が売れるのは君の夢でもある
- 女
- ええ、だから?
- 男
- だから、君は夢を捨てられない
- 女
- ええ、でも、それと私が結婚するのとは関係ない
- 男
- はい?
- 女
- 私の夢はあなたの小説が世間で評価されることだけど、
それとあなたの恋人でいるってことは関係ないって気づいたの
- 男
- どういうこと?
- 女
- 私が、あなたのそばで、生活を支えてるから、ダメなのよ!
- 男
- え?
- 女
- 私がいなくなれば、あなたは働かなきゃならない、1日中テレビを見て、
ダラダラしてられない!そしたらきっと―
- 男
- そんなことになったら、僕は書けなくなる!
- 女
- 私と居ても書いてないでしょ、大事なのはあなたの将来だって気づいたの
- 男
- でも―
- 女
- ごめんなさい、いつか、本屋さんであなたの本を手にとって元彼だって、
自慢させてよ。あなたに文章の才能があるって、私、今でも信じてる
- 男
- だったら―
- 女は玄関を開けて出ていく
- 男
- ちょっと!
- 少しの沈黙のあと
カタカタとパソコンのキーをたたく音がする
- 完