- 鬱蒼としたジャングル。あちこちから様々な動物の鳴き声が聞こえる。
そこを、老夫婦がまるで散歩をするかのように草を踏み分け、寄り添いながらのんびりと歩いている。
- 女
- まぁおじいさん。みてください、ほら、あれ
- 男
- おぉ、懐かしいなぁ。あれは、ピンクの象じゃないか
- 女
- 覚えてますか?よく、あの上に乗って
- 男
- ああ、夕暮れを眺めたもんだ
- 女
- うそ、高くて怖がってたじゃないですか。足が震えて動けないよ~って
- 男
- あれ、そうだったっけ?
- 女
- いやですよ、本当に忘れっぽいんだから
- 男
- じゃあお前、あれは覚えてるか?ほら、あれだよ、あれ…えっと
- 女
- あっちの池にいる黒いフラミンゴの群れのことですか?
- 男
- そう、それだよ。黒いフラミンゴ
- 女
- もちろん、あなたが初めてフラミンゴに囲まれて、不安そうにキョロキョロしてた日のことは忘れもしません。私の背中の後ろに隠れてね
- 男
- お前は、嫌なことばっかり覚えてるなぁ
- 女
- あらそんなことはないですよ。おじいさんが頼りになったことだって、ちゃーんと覚えてます
- 男
- あれだ。急に赤いライオンが飛び出してきたときの話だ
- 女
- まぁ。ご自分が活躍したときのことは、よく覚えていらっしゃるのね
- 男
- ばあさんは、手厳しいなぁ
- 女
- だって、いつだってその話ばかりしたがるんですもの。
確かに、わたしをあの赤いライオンから体をはって守ってくれたときは感謝しましたとも
- 男
- 感謝…ね
- 女
- それと、ちょっとだけ惚れ直しました
- 男
- ちょっとだけか
- 女
- ええ
- 二人は顔を見合わせ、少し笑う。
- 女
- それに、わたしが水色の月を見てたとき、そっと隣に座ってくれましたね
- 男
- あのときはお前がずいぶん、小さく見えたから
- 女
- おじいさん
- 男
- なんだ
- 女
- ありがとう
- 男
- どうした、あらたまって
- 女
- いいえ、なんとなく
- 二人はジャングルを抜け、広い場所に出る。そこは小鳥のさえずる楽園。
二人用のちいさな白い食卓が佇んでいる。
- 男
- ばあさん、あったぞ
- 女
- ええ、これですね。おじいさん
- 男
- 懐かしいなぁ
- 女
- ほんとうに…この感触、忘れもしません。一緒に選んだ、二人の白い食卓…
- 二人は食卓の手触りを確かめる。
- 女
- あたたかい…
- 男
- そうだな…おや、ばあさん。どうした?眠ったのか?そうだな。
わしも…そろそろ眠くなってきたよ
- 二人は静かに眠りにつく。白い食卓はいつまでもそこにある。
- END