- コンビニ店内のBGM、薄く。
- 男
- ミゾグチさん
- 女
- んー?
- 男
- その、今二つ折りにしてるチラシ、半分ください
- 女
- いやだ
- 男
- というか、何枚か重ねて折ったら早いですよ
- 女
- 終わっちゃうじゃん
- 間。
- 男
- ミゾグチさん
- 女
- んー?
- 男
- 仕事をください
- 女
- 陳列は?
- 男
- 全品ビッチリ正面向いてます
- 女
- おでんのやつ洗った?
- 男
- ピッカピカです
- 女
- ワックスは?
- 男
- 2回かけました。およそコンビニの店内で人類に思いつける作業は全部やったと思います。深夜こんなにヒマだと思いませんでしたよ
- 女
- じゃあさあ、セコくん
- 男
- はい
- 女
- タッチの3巻発注しといて
- 男
- だめです
- 女
- なんでよ
- 男
- むしろなんでいいんですか。どこに「いいですよ」ってなる要素あるんですか。なんで今タッチなんですか
- 女
- 和也と南の恋の行方が気になって気になって
- 男
- 言っときますけど和也、3巻で死にますよ
- 女
- ……言っとかないでよ
- 男
- 日本で生きててなんでいままで知らずに来られたんですか。というか、商品を読まないでください
- 女
- それ以外何ができるっていうの
- 男
- なんか、ないですか、僕あと小一時間こうして「無」でつっ立ってたら、発狂できる自信あるんで
- 女
- 私だいたいそういうとき、世界の終わりでしのいでるけど
- 男
- なんすかそれ
- 女
- いやだからふつうに、
- 男
- ふつうじゃないです
- 女
- こう……「こうしている間に世界は終わってしまっている」って思ってみる、っていう……
- 男
- ……楽しいですかそれ
- 女
- 楽しいっていうか……夜が更けて、いよいよトラックとかも通らなくなって、あーほんとに世界終わったんだなーって思ってたら、午前4時くらいに新聞と週刊誌、届くじゃん。あー世界終わってなかったんだーって安心感がはんぱない。
- 男
- ……なんか、もうちょっと、前向きなやつないですか。おとしといてあげるんじゃないやつ
- 女
- じゃあ……「富豪が来る」。
- 男
- フゴウ? あ、大富豪とかの「富豪」ですか? え?
- 女
- 富豪が来る、って思ってみる
- 男
- その、ミゾグチさんの想像上のもの以外になんか、ないんですか。形あるなにかは。
- 女
- 富豪が来てさあ、この店の商品全部買い取ってくれる。で、今日もう帰っていい。
- 男
- それは……富豪がミゾグチさんに結婚を申し込むより可能性低いと思いますよ
- 女
- え、でも、商品買い取るんだったら女の人でもいいからさ、可能性は2倍だよ?
- 男
- うん……まあ、2倍になってなお、宇宙が何度目かにまた生まれるくらいすごい確率ですよ
- 女
- 今がそのちょうど何度目かの宇宙世紀かもしれないじゃん。午前3時の暗闇引き裂いて富豪が
- 男
- 来ません。ミゾグチさん、前向きっちゃあ前向きですけど、まず現実向きましょう
- 女
- え、じゃあ賭ける?
- 男
- え、富豪が来るかどうかを?
- 女
- 私が勝ったら、ミゾグチさんって呼ぶのやめてもらう
- 男
- え……じゃ、なんて……
- 女
- 「先輩」。
- 男
- ……えっと、僕、距離、近すぎましたかね、すいません
- 女
- セコくんも勝ったらなんか言うこと聞くよ、私
- 男
- え……それは、ミゾグチさんは富豪が来るほうに賭けるんですよね?
- 女
- うん
- 男
- ……それは「僕が勝ったら言うこと聞く」っていうか「僕の言うこと聞く」って言ってますけど大丈夫ですか?
- 女
- それはどうかな?
- 男
- えー……意外とこれ考えるだけで5時までもつなこれ……えー、じゃあ……
- ヘリの音。大きくなる。
- 女
- え、ごめん聞こえない
- 男
- だから、…………え、ていうか、なんすかこれ、ヘリ?
- 女
- まぶしい!
- 男
- ちょ、これ、近づいてきてません?
- 女
- ちょっと! 駐車場! 駐車場に! ヘリが!
- 男
- あ!
- 男・女
- 富豪ー!
- 終