- ガチャリと玄関のドアを開ける音。
恐る恐る辺りを伺うように入りながら鼻歌混じりで何か口ずさんでいる男。
- 男
- ♪おばけなんてないさー、おばけなんて、ウーソさ。
- 女
- おかえりなさい。
- 男
- (言い聞かせるように)♪おばけなんてないさー、おばけなんて、ウーソさ。
- 女
- ウソじゃないです、本当です・・・・・・ほら、ね?
- 男
- 「ね?」じゃないよ・・・・・なんで、まだいるの・・・・盛り塩まで、したのに。
- 女
- てんこ盛りにするもんじゃないですよ・・・・「盛り塩」って。
- 男
- もう、9月だよ。
お盆も、8月も終わったの・・・・・季節外れもいいとこだよ!
- 女
- お化けにシーズンなんか、ありませんよ・・・・・。
- 男
- ねえ・・・・・ひとつ、聞いていい?
- 女
- まあ、改まっちゃって・・・・・どうぞ。
- 男
- ボクに・・・・・・恨みでもあるの?
- 女
- 何、言ってるんですか・・・・・恨みなんて、全然無いです。
- 男
- じゃあ・・・・なんで?
- 女
- だって・・・・・ここ、私のお家ですもん。
- 男
- 今日からボクの家だから・・・もう、不動産屋さんも何も言ってくれなかったし。
酷い・・・・・・訳あり物件って言う義務あるでしょ・・・・引越し早々、何なの。
- 女
- そりゃあ、言わないですよ・・・・・私のこと見えたの、あなたが初めて。
- 男
- ボク・・・・・・霊感とか、そんなの何もないよ!
- 女
- じゃあ、波長があったんじゃないですか。
私達・・・・・・相性いいんですね、きっと。
- 男
- うわあ・・・・・女の子にそんなこと言われたの生まれて初めて。
でも、全然嬉しくない・・・・・・・。
- 女
- まあ、失礼しちゃう・・・・・でも、「女の子」扱いって・・・・・ちょっと嬉しいかも。
- 女、嬉しそうに笑うが、女の子というよりは、とても落ち着いた年配女性の様な笑い方
- 男
- よく分かんないけど喜んでもらって良かった。
だったら・・・・・・早く満足して成仏してくれない?
- 女
- ダメ・・・・・・絶対、ダメです・・・・・。
- 男
- 何・・・・・何なの・・・・・・何に未練があるの・・・・・・?
ボクで良かったら、相談乗るよ。
- 女
- 実は、孫娘のことが気がかりで・・・・・・。
- 男
- え・・・・・孫って・・・・・・まだ若いよね?
- 女
- 実は・・・・・私、100歳で大往生だったんですよ。
でも、あっちの世界は好きな時の自分の姿でいてもいいっていう決まりがあって・・・・・だから一番可愛かった二十歳の頃の姿なんです。
- 男
- もう・・・・・・若い女の子だと思って・・・・・なんか損した。
- 女
- 酷い・・・・・・うらめしや~。
- 男
- ごめん・・・・・今の冗談です・・・・・だから、恨まないで!
- 女
- なーんてね・・・・・・冗談ですよ、うふふ。
大往生は良かったんだけど・・・・・私の家族、孫娘ひとりだけでね。
私が残したアパートをずっと守って、孤軍奮闘しちゃってるの。
貧乏アパートだから、管理人も自分でやってるし、旦那には逃げられちゃって、たった一人で小さい子供抱えてるでしょ・・・・・
でも、アパートのことばっかりで再婚とかも考えてないみたいなの・・・・・。
- 男
- ああ・・・・・だからなのね。
- 女
- そうなんです・・・・・・・誰かいい人、いないかなあ・・・・なんて。
- 男
- うーん。
- チャイムの音。
- 男
- はい・・・・・(ドアを開けて)わっ・・・・・いつの間に、お化けだからって瞬間移動なんて、脅かさないでよ。
- 孫娘
- は・・・・・お化け?
- 男
- え・・・・えーと・・・・・ひょっとしてひょっとすると管理人さん・・・・・・とか?
- 孫娘
- ええ、よく分かりましたね・・・・・ご挨拶にと思って。
- 男
- ああ・・・・・いや、あまりにもそっくりだから・・・・・・そうかなあって。
ね・・・・・・おばけさん・・・・・・いない。
- 孫娘
- えーと・・・・・。
- 男
- (慌てて)あ・・・・・・いや、なんでもないです。
- 子供
- (歌う)おばけなんてーないさー、おばけなんてーうーそさ。
ねぼけーたひとがー、みまちがえただけさー。
- 孫娘
- もう、ショウちゃん静かに・・・・・すみません。
- 男
- いえ・・・・・・ホント・・・・・・寝ぼけてたのかも。
- 女
- え?
- 男
- いえ・・・・・・なんか、ここに引っ越してよかったかも。
- 孫娘が不思議そうな顔をするので笑って誤魔化す男
つられて笑う孫娘と子供
- 終わり