- 人形
- あなたは人形なのだと、私に教えてくれた人がいました。
物語を正確に語り伝えるための人形。
誰かが昔、そういう人形を作ったんです。
どこかでみつけた「あったかもしれないこと」を、別の誰かに届けるために。
届くまで、大事にしまっておくために。
その人には、そういう人形を作らなければならない事情があったんです。
昔のことです。
それから、ずいぶん経ちました。
私を創った誰かは、ここにはもういません。
その誰かが物語を届けたいと思った誰かも、ここにはもういません。
今では誰も聞いていない物語を、私はひとりで繰り返し語ります。
私には、終了するための仕組みがないので、語るのをやめることができないからです。
物語を語る人形に物語を語り終えるための仕組みを創ることを、誰も思いつかなかったんです。大切なものを創る時にそれが必要なくなったときのことを考えて創る人はいないからです。
私はきっと、とても大切なものを託されて創られたんです。
ですから。今も毎日、時間が来ると目をあけて、教えられた通りに物語を語ります。
誰に伝えるわけでもなく、繰り返し語るんです。
- (人形が目をあける。)
- もっと別の誰か
- そんな人形が、どこかにいるのだそうだ。
どこにいるのか誰も知らないし、探してもみつからない。
けれども、何かのはずみにたまたま近くを通りかかって、どこからか漏れてくる物語を耳にする人がいる。多くはそのまま聞き流して、通り過ぎて忘れてしまう。
けれど、中に、ほんとうにわずかだけれど、自分のために創られた物語だと感じて立ち止まるひとがいる。
その物語がなぜそこでそうやって語られているのか、彼らは知らない。
知らないし、どこで聞いたのかもきっとすぐに忘れてしまう。
自分がみつけた、自分のための物語だと思っている。そして大切に持ち帰る。
「そうそう、こんな話があってね。」
そして、ある時ふと思い出す。誰かに話して聞かせたくなったとき。
そんな物語があることを、誰かに知ってほしくなったとき。
自分がみつけた「あったかもしれないこと」を、目の前の誰かに話して聞かせたくなったとき。
そうして、物語は別の誰かに手渡される。
人形はもちろんそのことを知らない。
ずっと同じところで、誰に向けることもなく、繰り返し、物語を語っている。
いつだったか、どこかで聞いた話なんだけど。
なんだかふっと今思い出して。
話したくなって。
だから、
- (おしまい?)