夜中に誰かが歩く音。
マネキン
僕は、マネキンです。みんなが寝静まった後、夜な夜な倉庫を飛び出し、街へ出ます。街へ出るには理由があります。好きな人ができたのです。
足音が止まる。
マネキン
こんばんは。
マネ子
こんばんは。今日もきてくれたのね。
マネキン
はい。
マネ子
そんなに毎日出てきて大丈夫?
マネキン
大丈夫です。誰も僕のことなんか気にしてませんから。髪型変えました?
マネ子
あら。わかる?
マネキン
わかりますよ。前まで金髪だったでしょう。
マネ子
そうなの。今年の春は和のテイストでいくらしいのよ。だから黒髪。
京都のデザイナーとコラボレーションですって。
あなた京都行ったことある?
マネキン
いや。僕はこの街から出たことはありません。
マネ子
私は出張で一度だけあるわ。
マネキン
僕は一生この街から出られそうにないですね。
マネ子
そう?
マネキン
ええ。あなたの所属事務所と違ってうちはとても小さいところだから。
よくてスーパーの服売り場がいいところです。
知ってます?スーパーの服って一枚1000円とかで買えるんですよ?
マネ子
1000円?
(笑って)それじゃ私が着てるブランドのキーホルダーも変えないわよ。
マネキン
(笑って)普通の人はキーホルダーに5000円もかけないんですよ。
マネ子
そういうもの?
マネキン
そういうものです。
  
マネ子
ねぇ。あなた人間になりたい?
マネキン
え?
マネ子
実はね。あたし、もうすぐ人間になるの。
マネキン
・・・ずいぶん急ですね。
マネ子
昨日ね、紫色の魔女がやってきて、いきなり言うの。
「お前を人間にしてやる。代わりにお前の左手の小指をよこせ」って。
私、嬉しくってすぐに同意したわ。
その魔女のこと、貴方にも紹介してあげる。
マネキン
本当に?
マネ子
ええ。明日の夜も、また来なさい。魔女がまたやってくるから。
人間になったら一緒に新幹線に乗って、どこか遠くへ行きましょうよ。
マネキン
僕は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。美しい彼女と人間に。
僕は急ぎ足で倉庫に帰り荷造りをした。
マネ子の声が木霊する。
マネ子
一緒に人間になりましょう。
マネキン
次の日の夜、再び僕は彼女の飾られているブティックへと出かけて行った。
マネキンが走る音がする。
マネキン
茶色いスーツケースを持って。
ストライプのネクタイを締めて。
足音が止まる。
マネキン
でももうそこに彼女はいなかった。もちろん魔女もいなかった。
そこはスーパーの売り場。がやがやと主婦や子供の声がする。
マネキン
3年後。僕はスーパーの売り場で人間になった彼女を見た。
すぐに彼女だとわかった。彼女には小指がなかったからだ。
隣には子供がいた。
子供
ママ。どうしたの?
マネ子
ううん。別に。
マネキン
彼女は僕をしばらく見つめた後、どこかへ行ってしまった。
悲しいことに、彼女はもう、美しくはなかった。
終わり