- マイクを指先で叩く音。
- 男
- あ、あ、あー
- 女
- (横からささやき声で)マイク触っちゃダメって言われたでしょ
- 男
- ああ、そっか・・(咳払い)・・ラジオの前の皆さん、いつもお世話になっております・・
- 女
- (同じく)初めてでしょ、出んの
- 男
- あー、仕事の癖で
- 女
- もう。三分しかないんだからね
- 男
- お前言ってくれよ
- 女
- アタシ?
- 男
- 頼むよ
- 女
- タイトル読むだけじゃない
- 男
- タイトル読むだけだからさ
- 女
- 分ってるわよ・・(咳払い)・・愛のさんぷーん!(なんだかエコーかかったり)
- 男
- (控えめに拍手)いえーい。ほら、ディレクターさんもマルってしてる、マルって
- 女
- ッしゃい
- 男
- (かぶせて)え?なんですか?あ、そっか。おい
- 女
- ん?
- 男
- 説明説明
- 女
- タイトルだけって・・
- 男
- 早くしろよ
- 紙をめくるような音。
- 女
- (台本を読んでいる態で)えー、このコーナーは、一般応募の中から選ばれたカップルをスタジオにお招きし、生放送で愛について語り合って頂きます。時間は三分。リクエスト曲が流れたら終了です。
- 男
- (盛大に拍手)いえーい!DJみたーい!
- 女
- 大崎マミ、27才、OLです
- 男
- いえーい!
- 女
- (ささやく)あなたもよ
- 男
- あ、え、黒田ヨシユキ30才、会社員です・・はい
- 一瞬、沈黙
- 女
- あと2分3秒
- 男
- マミ!
- 女
- はい
- 男
- 俺たち、婚約しましたね
- 女
- しましたね
- 男
- だから、プロポーズもすんでるわけだけど、改めて、お前に、君に、伝えたいことがあります。(封筒から紙を出す音。)初夏、新緑が目に眩しく・・
- 女
- 待って
- 男
- え?
- 女
- アタシも言いたいことがある
- 男
- は?今日、俺がメインで喋るって決めたじゃんか・・・
- 女
- 覚えてるかな、付き合って初めてのデートの時のこと
- 男
- まあ、だいたいは
- 女
- あの時の返事、まだもらってない
- 男
- なんか言った?お前
- 女
- うん
- 男
- いや、ごめん、覚えてないわ
- 女
- もらえないなら婚約解消する
- 男
- は?何言ってんの?
- 女
- あと1分26秒
- 男
- 制限時間つき?
- 女
- 言っとくけど、親戚みんな聞いてるからね、この番組
- 男
- マジかよ。五年も前のこと覚えてないし
- 女
- アタシは覚えてるよ
- 男
- ムリムリムリムリ。なし、なしだよ、これ、放送事故!
- 女
- 丹波のおかあさーん、聞いてますかー、残念だけど、アタシたち・・
- 男
- ちょ、ちょっと、やめろって。分かった、分かった、オッケー。返事はオッケーです
- 女
- なにがオッケーなの
- 男
- え?スッピンでデート来ても
- 女
- 旭川のおじいちゃーん、聞いてますかー
- 男
- うそうそ、勘違いでした。もう、どーすんのこれ、別れたくねーよ、おまえと
- 女
- アタシもよ!
- 男
- ならなんなんだよこの無理難題
- 女
- ヨシ君に人生預けるから、はい、あと52秒
- 男
- 一分切ってる!ヒント、ヒント!
- 女
- 夜だったね
- 男
- えっと、たしか、六甲
- 女
- そう
- 男
- なんで返事しなかったの、俺
- 女
- 気がついたらトイレに行ってた
- 男
- 五年前の俺のバカ!あー、もう、ごめん
- 言いながら、がたがたと椅子から降りる音。
男、土下座する。
- 男
- ほんとに、ごめん、分かんない
- 女
- 土下座したってダメ
- 男
- えー
- 女
- そんな可愛く見上げてもダメ。あと十六秒
- 男
- あ!
- 女
- なに?
- 男
- 見上げたね?
- 女
- うん
- 男
- 二人で
- 女
- そう
- 男
- あれを
- 女
- あれあれ
- 男
- オッケー!
- 女
- なにが!?
- 男
- 連れてってやるよ!
- 女
- 連れてって!ヨシ君!
- 男
- マミとなら・・
- 唐突に「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」が流れる。
- (了)