- 田舎のあぜ道を少し逸れたところに古びた赤いポストがある。
周りに生えている雑草は高く伸びており、そのポストが機能している様子はない。
一人の老婦人がゆっくりとした足取りであぜ道をやってくると、ポストに近寄り一通の手紙を投函する。
そこへ婦人より少し若いくらいの中年男性が通りかかる。
- 男
- ・・あの
- 婦人
- あら、お隣の。こんにちは
- 男
- こんにちは。その、ポストなんですけど
- 婦人
- ああ、これ?随分年期が入ってますわよね。私が子どもの頃からありましたのよ
- 男
- それ、手紙を入れても無駄ですよ
- 婦人
- 無駄?
- 男
- 紛らわしいからどけてくれたらいいんですが。もうとっくの前に、このポストのお役目は終わりましたよ。こんな田舎ですし、過疎化が進んで使う人も減りましたからね。今は駅前のポストに入れなきゃ集荷してくれないんですよ
- 婦人
- あら、そんなことないわ。ここに入れたらちゃんと向こうからのお返事が家に届きますよ
- 男
- それは、もう何年も前の話しじゃ・・
- 婦人
- いいえ、つい先週出したばかりだわ
- 男
- ・・それで、その返事が?
- 婦人
- 勿論、きたからこうやってまたお手紙を出しにきたんですよ。おかしなことを聞くのねぇ、あなたったら
- 男
- 宛先は、その、どなたと文通を
- 婦人
- 私の可愛いシロと
- 男
- シロ・・去年に、その・・
- 婦人
- ええ、随分と長生きしてくれたわ。きっとシロも思い残すことはなかったでしょう。
だけど、空のうえで寂しがってるといけないからこうやって時々お手紙を書いているの。このポストはね、シロのいる空に繋がっているのよ
- 男
- ・・これはちょっとした好奇心なんですが。帰ってきた手紙は・・何語で?
- 婦人
- 犬語じゃ私が分からないと思ったのね。一生懸命に日本語で書いてくれてますよ。
字はだいぶ、汚いけれど
- 婦人は嬉しそうに笑う。
- 婦人
- あら、嫌だ。息子がそろそろ帰って来る頃ですの。お夕飯の支度をしなきゃ
- 男
- ああ、息子さん・・・ん?そういえば息子さんのご職業って
- 婦人
- ええ、一年前に市内の郵便局員に配属されたんですよ。前まではこの村の担当だったんですけど
- 男
- (何かに気づく)それは知らなかった。ご出世ですね。おめでとうございます
- 婦人
- ありがとうございます。おかげさまで自慢の息子ですわ・・字が汚いことをのぞいてはね
- 婦人は男に向かって、少しおどけた笑顔をみせる。
- END