- けたたましい、ベルの音。
もうすぐ電車が発車する合図なのか、急いで階段を駆け上がる足音。
- 男
- (息を切らしながら)ちょっと・・・・待って・・・・・。
- しかし、無情にもドアが締まり、ガタンゴトンと行ってしまう。
- 男
- ええ・・・・・・・そりゃないよ・・・・・・。
- 息が上がって、少し苦しそうにドカッとホームのベンチに座る。
勢い良く座った拍子に、隣に座っている女にぶつかる。
- 男
- あ・・・・・すみません・・・・・あれ・・・・・・寝ちゃってる。
- 女
- ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
- 男
- あの・・・・・・・・ちょっと・・・・・・・あの・・・・・・・。
- 男、思わず女の肩を叩く。
- 女
- もう・・・・・・何!?
- 男
- わっ・・・・・すみません。
- 女
- (やや不機嫌そうに)・・・・・何ですか?
- 男
- あの・・・・・終電・・・・・・。
- 女
- 終電・・・・・・・そうだ、何時だっけ!
- 男
- さっき・・・・・・行っちゃったけど。
- 女
- ウソ!?
- 男
- ・・・・・・・ホント。
- 女、大きなため息をつく。
- 男
- 酔っ払った、大丈夫?・・・・・・家、遠いの?
- 女
- まあまあ・・・・・・・って、ナンパだったらお断りだからね。
- 男
- そ、そりゃないよ・・・・・心配して聞いたのに酷いなあ。
- 女
- そう?
- 男
- そうだよ・・・・・そうじゃなかったら、駅員でもないのに起こしたりしないって。
- 女
- あ・・・・・そっか・・・・・・それならいいんだけど。
- 男
- わかってくれたら、それでいいんだけどさ。
- 女
- (ため息混じりに)あ・・・・・・・日付変わちゃった。
- 男
- わっ!?
- 女
- (驚いて)・・・・・・・何?
- 男
- ・・・・・・・忘れた。
- 女
- え?
- 男
- ケーキ・・・・・・・仕事忙しくって・・・・・つい。
こんな時間じゃ・・・・・・・どこも、空いてないだろうし。
もう・・・・・最低だなあ。
- 女
- お土産に・・・・・・・頼まれてたの?
- 男
- そういう訳じゃないんだけど・・・・・・・・・家族の誕生日で。
- 女
- ああ・・・・・・・そうなんだ。
- 男
- ダメだなあ・・・・・・オレ。
- 女
- そんな落ち込まなくても、大丈夫。
- 男
- (泣きそうに)だってさあ・・・・・・・・せっかくの記念日だよ・・・・・・・。
- 女
- (遮るように)開いてるとこ、あるから。
- 男
- え・・・・・・・ホント?
- 女
- 商店街の中通りの端っこにあるんだけどね。
- 男
- 良かったあ・・・・・・。
- 女
- (思わず笑って)さっきはごめんなさい。
- 男
- え?
- 女
- ナンパ扱いしちゃって・・・・・・こんな家族思いの人、疑っちゃって。
- 男
- いやいいよ、いいこと教えてもらったし。
- 女
- こっちこそ、いいこと教えてもらっちゃって・・・・有難う。
- 男
- え?
- 女
- あたし・・・・・・・・実は、ケーキ作る仕事してて。
- 男
- あ・・・・・えーと・・・・パティ・・・シエ?だっけ?
- 女
- そうそう。
- 男
- わあ・・・・・すごいじゃない。
- 女
- 人と休みはなかなか合わないし・・・・・・朝は早いし、立ちっぱなしで、腰は痛いし・・・・・キツイんだよね、意外と。
- 男
- そっか・・・・・大変なんだなあ。
- 女
- って・・・・・・・最近、疲れてたんだけど・・・・・
さっきもつい居眠りして終電乗り過ごしちゃったし。
ささやかな事かもしれないけど・・・・・
誰かの記念日のお手伝い出来てるのかもって。
あなたのお陰で・・・・そう思えちゃって・・・・・有難う。
- 男
- いや・・・・・そんな。
- 女
- じゃ、行きましょう。
- 男
- え・・・・・・・いいの?
- 女
- 案内するわよ・・・・・・どうせタクシーで帰るんだもん。
少しおまけしてもらえるように頼んどく。
- 男
- 有難う。
- 女
- あ、メッセージもこの際、私チョコレートで書くから。
後で名前教えて。
- 男
- (笑いながら)名前だとちょっと恥ずかしいかな。
- 女
- え?
- 男
- 「お母さん、お誕生日おめでとう」でいいよ。
- 女
- お母さん・・・・・・・てっきり奥さんか子供かと。
- 男
- 残念ながら独身・・・・・毎日、こんな遅いんじゃ出会いなんてナイナイ。
- 女
- そうなの?
- 男
- まあね。
- 女
- あ・・・・・もうそろそろ急がないと閉まる時間かも。
- 男
- えっ!?
- 女
- なーんてね、でも急ぎましょう。
- 男
- ちょっと、待ってよ。
- 女が足早に行くのを追いかける男。
- おわり。