休日。大勢の人が歩く音。都会の雑踏。
信号がかわり、歩行者信号の電子音が聞こえる。
(尚人の言葉は、二人が出会うまでは葉子の言葉に並行していてもよい。)
葉子
(葉子が歩く、ヒールの音)
尚人
お願いしまーす、お願いします。
葉子の肩に、通行人がぶつかる。
葉子
あ、すいません。
尚人
新発売の超薄型コンタクト、ぜひお試しください。
葉子
あの、これ落としま・・・(したよ)
尚人
いかがでしょうか。(尚人の声はどんどん近づいてくる)
葉子
あの。
尚人
お願いしまーす。
葉子
なによ。親切に拾ってやったのに。
尚人
あれ?あの。
葉子
はい。
尚人
どうも。お休み、ですか?
葉子
まあ、そうです。
尚人
あの。
葉子
(心の声)
はあ。拾ったはいいものの、こういうのってどうしたらいいのか分からないのよね。
交番に届けるほどのものでもないし、いっそこのまま貰っちゃおうかな?
でももし拾うところを誰かに見られてたら。
あ、元の場所にそーっと戻す?・・・も、戻す?
この人通りの中を誰にも気づかれないように戻すなんて至難の技ね。困った。
ああー私ったらこの場所にもう結構長いこと立ち止まってるんじゃないさっきから。
「えーこの人、こんなとこで何やってるの」とか思われちゃうじゃない!
だってね、 貰うか戻すか、こっちはハンカチ一枚のせいで休み返上で大事な決断に迫られてるのよ。
第一こんなシチュエーション、慣れてないしな。って、どうすれば街でハンカチを拾うシチュエーションに慣れるっていうの、もう。どうしたらベター?あっ、私もこのハンカチを落とせばいいのか!
尚人
あの。
葉子
わ!(少し驚いたように)え、あなた!こんなところで、どうしたの?
尚人
失礼ですけど、別のこと考えてたでしょ。
葉子
ううん。
尚人
じゃあ俺の話聞いてました?葉子さん。
葉子
ごめんなさい、ぼーっとしてて。なんだったっけ?
尚人
新しい仕事、見つかったんですよ。メガネ屋ね。
葉子
ああ。それでその格好。
尚人
そうです。あ。
葉子
なに?
尚人
こないだは、その。ありがとう。
葉子
え。
尚人
だから、えっと。
葉子
・・・。(小さく咳払いをする)いいのよ。何もお礼言われるようなことじゃないの。
しかも、同意の上なんだから。
尚人
はい。
葉子
いいのいいの。酔ってたんだし。私もちょうど大きな仕事の山越えて、自分でも思った以上に大胆になってた、っていうか。
尚人
あの。
葉子
なに。まだ何か?
尚人
してくれてるんですね、そのイヤリング。
葉子
・・・ああ、ありがとう。こういうのは、貰いでもしなけりゃなかなか買わないもの。
尚人
そうですか。
葉子
じゃあ、急ぐから。頑張ってね、仕事。
尚人
はい。じゃあ。
葉子
メガネ、似合ってるよ。
尚人
ども。あの、また。
その瞬間信号が代わって、葉子が歩き出す。
葉子
彼の「また」という言葉には、わざと何も返さなかった。
耳元を手で触れてみると、耳たぶのところが少し熱を持っている。
この熱は拾い物のせい?それとも。いいや、何と言う事は無い
少し、イヤリングの留め具のねじを締め過ぎただけ。
<了>