- 食器を洗っているような音が聞こえる。
- 女
- うーん・・・・・遅いなあ。
- 慌ててドアをあける音。カランカラン。ドアにつけたベルが音を立てる。
- 男
- ごめん・・・・・話、長引いちゃって・・・・・・・・・あれ?
- 女
- もう・・・・・片付けちゃいました。
- 男
- あれ・・・・・・・・・結構あったでしょ。
- 女
- 大丈夫ですよ、あれぐらい。
- 男
- ホントごめん・・・・・遅くなったけど、休憩入って。
- 女
- その前に・・・・・一息入れて下さい。
コーヒー、飲みます?
- 男
- ありがとう・・・・・・君も飲んでよ。
- 女
- はい。
- 女、2つのカップにコーヒーを注ぐ。
二人、コーヒーに口をつける。少し間。
- 男
- あの・・・・前から言おう言おうって思ってたんだけど・・・・・・。
言いそびれてたことがあるんだよ・・・・ね。
- 女
- ・・・・・・・・・・はい。
- 男
- 実は・・・・・・記憶・・・・・ないんだよね。
- 女
- え?
- 男
- いわゆる・・・・・・記憶喪失ってヤツみたいでさ・・・・・・・。
2年前に交通事故に遭っちゃって・・・・・・。
それから・・・・・・その前の記憶が、ところどころ曖昧で。
今は結構大丈夫だけど・・・・・君には言っておいたほうがいいかなって。
- 女
- ・・・・・・・・・・・・・。
- 男
- やっぱり、ちょっとビックリするっていうか、戸惑うよね?
- 女
- っていうか、そんな明るく言われたら・・・まるで、韓国ドラマの話みたいだし。
- 男
- え?
- 女
- だって・・・・・・韓国ドラマって記憶喪失の話ばっかりじゃないですか?
- 男
- あ、そうなの・・・・・?
- 女
- はい・・・・・。
- 男
- そうなんだ・・・・・今度、見てみようかな。
- 男、何かをごまかすように笑ってみせる。
- 女
- どうして・・・・・・・無理しちゃうんですか?
- 男
- そうでもしないとやってらんないじゃない。
どうでもいいってことは覚えてたりするのに、肝心なことに限って忘れちゃったり・・・・だから、さっきも・・・・・・・・・
上手く行かないよね。
- 女
- ケンカしたんですか・・・・・?
- 男
- っていうか・・・・もっと発展したというかなんというか・・・・・別れ話。
- 女
- (途中で遮るように)なんか・・・・・・・アッサリですね。
- 男
- だよね・・・・・・・アッサリだよね。
正直、どうして好きになったのかとか・・・・・・
彼女は好きだと思うのに会ってても肝心なことが分からなくて、いつもどっかぎこちなくてさ・・・・・・・・・。
だけど・・・・・・・こういう事になったら、記憶はないけど・・・・・・・・
ショックは受けるって思ってたのにさ。
いざそうなってみたら・・・・・・そんなにショックじゃなくて・・・・・・・・
正直、そっちが何か堪えるっていうか。記憶と一緒に・・・・・・・・
なんか、そういう大事な物も欠けちゃってるんじゃないかって。
- 女
- 欠けてるっていうより・・・・・・・ちょっと鈍くなってるだけじゃないですか?
本当に欠けてたら・・・・・・・こんな風に言わないと思う・・・・・・。
- 男
- だよねえ・・・・・・・・・・こうやって色々と語っちゃってるし。
なんか不思議・・・・・・・何でだろ?
- 女
- 知りたいですか?
- 男
- うん・・・・・・・そりゃあね。
- 女
- それは・・・・・・・・・・。
- 女、言おうとするが男と目があって言うのを止める。
- 男
- なに、何?
- 女
- 魔法、です。
- 男
- え?
- 女
- コーヒーに、魔法をかけたんです・・・・・・・・。
我慢しないで素直になっちゃう、魔法。
- 男
- 効いたね・・・・・・・・魔法。
- 2人、笑う。
- 男
- 明日のカレーの仕込みしないと。
- 女
- あたし、やりますよ。
- 男
- 魔法のせいかな・・・・・なんか・・・無性にタマネギ切りたい気分なんだよね。
- 女
- はい・・・・お願いします。
- 男
- ・・・・・・・ありがとう。
- 玉ねぎを刻む音が聞こえてくるが
やがて涙で溶けるように流れる音楽の中に消えていく。
- おわり。