食器を洗っているような音が聞こえる。
うーん・・・・・遅いなあ。
慌ててドアをあける音。カランカラン。ドアにつけたベルが音を立てる。
ごめん・・・・・話、長引いちゃって・・・・・・・・・あれ?
もう・・・・・片付けちゃいました。
あれ・・・・・・・・・結構あったでしょ。
大丈夫ですよ、あれぐらい。
ホントごめん・・・・・遅くなったけど、休憩入って。
その前に・・・・・一息入れて下さい。
コーヒー、飲みます?
ありがとう・・・・・・君も飲んでよ。
はい。
女、2つのカップにコーヒーを注ぐ。
二人、コーヒーに口をつける。少し間。
あの・・・・前から言おう言おうって思ってたんだけど・・・・・・。
言いそびれてたことがあるんだよ・・・・ね。
・・・・・・・・・・はい。
実は・・・・・・記憶・・・・・ないんだよね。
え?
いわゆる・・・・・・記憶喪失ってヤツみたいでさ・・・・・・・。
2年前に交通事故に遭っちゃって・・・・・・。
それから・・・・・・その前の記憶が、ところどころ曖昧で。
今は結構大丈夫だけど・・・・・君には言っておいたほうがいいかなって。
・・・・・・・・・・・・・。
やっぱり、ちょっとビックリするっていうか、戸惑うよね?
っていうか、そんな明るく言われたら・・・まるで、韓国ドラマの話みたいだし。
え?
だって・・・・・・韓国ドラマって記憶喪失の話ばっかりじゃないですか?
あ、そうなの・・・・・?
はい・・・・・。
そうなんだ・・・・・今度、見てみようかな。
男、何かをごまかすように笑ってみせる。
どうして・・・・・・・無理しちゃうんですか?
そうでもしないとやってらんないじゃない。
どうでもいいってことは覚えてたりするのに、肝心なことに限って忘れちゃったり・・・・だから、さっきも・・・・・・・・・
上手く行かないよね。
ケンカしたんですか・・・・・?
っていうか・・・・もっと発展したというかなんというか・・・・・別れ話。
(途中で遮るように)なんか・・・・・・・アッサリですね。
だよね・・・・・・・アッサリだよね。
正直、どうして好きになったのかとか・・・・・・
彼女は好きだと思うのに会ってても肝心なことが分からなくて、いつもどっかぎこちなくてさ・・・・・・・・・。
だけど・・・・・・・こういう事になったら、記憶はないけど・・・・・・・・
ショックは受けるって思ってたのにさ。
いざそうなってみたら・・・・・・そんなにショックじゃなくて・・・・・・・・
正直、そっちが何か堪えるっていうか。記憶と一緒に・・・・・・・・
なんか、そういう大事な物も欠けちゃってるんじゃないかって。
欠けてるっていうより・・・・・・・ちょっと鈍くなってるだけじゃないですか?
本当に欠けてたら・・・・・・・こんな風に言わないと思う・・・・・・。
だよねえ・・・・・・・・・・こうやって色々と語っちゃってるし。
なんか不思議・・・・・・・何でだろ?
知りたいですか?
うん・・・・・・・そりゃあね。
それは・・・・・・・・・・。
女、言おうとするが男と目があって言うのを止める。
なに、何?
魔法、です。
え?
コーヒーに、魔法をかけたんです・・・・・・・・。
我慢しないで素直になっちゃう、魔法。
効いたね・・・・・・・・魔法。
2人、笑う。
明日のカレーの仕込みしないと。
あたし、やりますよ。
魔法のせいかな・・・・・なんか・・・無性にタマネギ切りたい気分なんだよね。
はい・・・・お願いします。
・・・・・・・ありがとう。
玉ねぎを刻む音が聞こえてくるが
やがて涙で溶けるように流れる音楽の中に消えていく。
おわり。