- 腹筋さん
- 僕は今日もストーリーフォートゥの収録にやってきた。
みんながゾンビになって半年。それでもあいかわらずこの番組は続いている。
いつものように、いつも通り、収録は行われるのだ。
ゾンビになった後も、生きていた頃の習慣や記憶は失われずに残るらしく、スタッフさんをはじめ作家さんや共演者のマイさんなど、みんな収録日にはいつのまにやら全員がスタジオにやってきて、各々の仕事を完璧にこなしていく。
それはいつもとなんら変わりない仕事ぶりだ。
ただひとつ、ゾンビであることをのぞいては。
- スタッフ1
- ゾンビの唸り声(ヘッドフォンを通した音で)
- 腹筋さん
- あ、OKですか?ありがとうございます。マイさん、OKだって。
ああ、ヘッドフォンからまってるよもう。はずさないと外に出られないよ?
はいはい…
(ブースを出ていき) みなさんどうもおつかれさまです!
- 全員
- それぞれゾンビの唸り声
- 腹筋さん
- みんな以前とはずいぶん様子が変わってしまったけど、このスタジオの風景も慣れてしまえばそう悪くない。こうやって作品を作って世に送り出していく、そのプロたる姿勢は変わらないんだから。
- (ケイタイの着信音)
- 腹筋さん
- はい、腹筋です
- マネージャー
- マネージャー平田です、腹筋君おつかれさま
- 腹筋さん
- おつかれです、ちょうど今ストーリーフォートゥの収録が終わったところです
- マネージャー
- そう、それなんだけど。今いい?
- 腹筋さん
- え?何ですか?
- マネージャー
- そのラジオドラマ番組、もうみんなずいぶん前からゾンビになっちゃってるのよね?
こんなこと言うのもなんだけど…キミ、そのまままだやっていくつもり?
- 腹筋さん
- え…いや、あの…
- マネージャー
- これ以上はもう…
- 腹筋さん
- 何言ってんですか。僕がゾンビになるまで、いや僕がゾンビになっても、この番組はずっと続けていくつもりですよ
- マネージャー
- キミの気持ちはわかるけど…
- 腹筋さん
- この番組を聞いてる人にとっちゃ、こっちがゾンビなのかどうかは問題じゃない。
おもしろいドラマ、心動かされる作品かどうかが大事なんです
- マネージャー
- でもね…
- 腹筋さん
- っていうかそもそも聞いてる相手がゾンビだってこともありますしね。っていうかむしろほぼゾンビですしね
- マネージャー
- 腹筋君!だったらなおさら
- 腹筋さん
- だからなおさらです。いいんですよ、それで。一番大切なのはこの電波をキャッチしてくれる相手がいるってことです。暗い夜空に飛んだ僕達のヘルツを受け止めてくれる、その事実だけでもう十分なんだ!
- マネージャー
- 腹筋君…
- 腹筋さん
- だから僕はお送りし続けますよ。この声が枯れ、身体が朽ち果てるまでね
- マネージャー
- …よくわかったわ。キミの番組に対する熱い想い、私もしっかりキャッチしたから。
じゃこれからも毎週この時間はばっちりスケジュール埋めさせてもらうから、そのつもりでね!
- 腹筋さん
- 平田さん…これからもよろしくお願いします!
- 腹筋さん
- あれからいくつかの季節がやってきて、僕は今日もスタジオに向かう。愛車のマウンテンバイクで風を切りながら。いつものように。
- (数日後。ケイタイの着信音)
- 腹筋さん
- はい腹筋です!平田さん、どうもおつかれさまで…
- マネージャー
- (電話の向こうでゾンビの唸り声)
- 腹筋さん
- …ああ、はい。ストーリーフォートゥーの収録ですよね。わかってますよ、いつもの時間、いつものスタジオ、ですね
- (ケイタイを切る音)
- 腹筋さん
- (空を見上げてさわやかに)よし。行くか
- おしまい★