田舎町のバス停。
ベンチで男と女がバスを待っている。
女は本を読んでいる。
なんていうかよ。
(読みながら)んー?
進歩ないな。ゼロ進歩だ、ここは。
そう?
だって、バス、いまだ一時間に一本て。
そだねー。
向こうなんてすげーぞ。一〇分に一本。いや、五分かな。
ふーん。
もう、こう、バスがバス停に列をなして渋滞が起こるくらいだ。
そうなんだー。
・・聞けよ。
聞いてる聞いてる。
それは「聞いてる」んじゃない、ただ「聞こえてる」だけだろ。
んー。
置け!まずその本を置け!
もー邪魔しないで。
お前、何しに来たんだよ。
来いって言ったのはそっちでしょ。
・・・。さあ、帰ったら何しようかなー。有給たまっちゃっててさ。
そー。
まあ俺としては、もうちょっとゆっくりしてもいいんだけど。
忙しいんでしょ。彼女もいるし。
お、おう、ま、あいつは、俺がいなきゃダメっつーか。
そっかー。
この前も、クリスマス、仕事が入ったって言ったら泣いちゃって。
へー。
でも俺が仕事抜けるわけにいかねーじゃん?そしたらあいつ、マンションで準備してくれてんだよ!チキンとか、こんなでっかいツリーとか。あーあれ三メーターくらいあったな。もう、天井に刺さってた。
よかったねー。
・・・・俺が正月こっち帰るって言ったら、「さみしいからやだ」って、もうすげーごねて!駅まで追っかけてきてさ!
おー。
新幹線とか超追いかけんだよ!ホームを、「やだー!」って言いながら走るの!すごい速さなの!で、ホームの端のとこまできたら、そこですごい跳躍をして、窓のところに、ベターってしがみついて「いかないでー」って!もうまいっちゃったよ。
大変だったねー。
・・・。
どしたの?
何なのお前。
何が?
んなわけないじゃん。そんな女いるか。っていうか、なんでそういうことするわけ?
そういうことって?
ほんとは知ってんだろ、お袋に聞いたんだろ、別れたって。
聞いたよ。
言えよ、俺、ずっと、馬鹿みたいじゃねーか。休み中ずっとさ。
見送れなんて言って、何かと思ったらそういう話?
すげー格好悪いじゃん。
・・・あのさ。
なんだよ。
全部知ってるから。
な、何を?
だから、全部。
全部ってなんだよ。
有給なんかたまってないし会社で期待されてるわけでもない。
え?え?
おしゃれなマンションに住んでるっていうのも、最近英会話に通い始めたっていうのも、そこの外国人講師のお姉さんに口説かれたっていうのも嘘。
・・・誰に聞いた?
わかるよ。
なんで?
何年一緒にいたと思ってるの。昔からあんたってそうじゃん。
え、じゃあ、お前、全部わかってて聞いてたの?
うん。
なんで言わねーんだよ!
だって嘘つくんだもん。そっちが嘘つくから、私も嘘ついたの。悪い?
・・くそー。
バスが来る。
あ。
ほら、来たよ。行ってらっしゃい。
・・・俺、進歩ねーな。ゼロ進歩だ。ウソツキだし。
嘘つけてないんだから、逆に正直なんじゃない?
やだなそれ。
それに、いいと思うよ。無理に進歩しなくても。この町みたいじゃん、悪くないって。
そうか?
行ってらっしゃい。
行ってくるわ。
男がバスに乗り、バスのドアが閉まる。
終わり。