- 田舎町のバス停。
ベンチで男と女がバスを待っている。
女は本を読んでいる。
- 男
- なんていうかよ。
- 女
- (読みながら)んー?
- 男
- 進歩ないな。ゼロ進歩だ、ここは。
- 女
- そう?
- 男
- だって、バス、いまだ一時間に一本て。
- 女
- そだねー。
- 男
- 向こうなんてすげーぞ。一〇分に一本。いや、五分かな。
- 女
- ふーん。
- 男
- もう、こう、バスがバス停に列をなして渋滞が起こるくらいだ。
- 女
- そうなんだー。
- 男
- ・・聞けよ。
- 女
- 聞いてる聞いてる。
- 男
- それは「聞いてる」んじゃない、ただ「聞こえてる」だけだろ。
- 女
- んー。
- 男
- 置け!まずその本を置け!
- 女
- もー邪魔しないで。
- 男
- お前、何しに来たんだよ。
- 女
- 来いって言ったのはそっちでしょ。
- 男
- ・・・。さあ、帰ったら何しようかなー。有給たまっちゃっててさ。
- 女
- そー。
- 男
- まあ俺としては、もうちょっとゆっくりしてもいいんだけど。
- 女
- 忙しいんでしょ。彼女もいるし。
- 男
- お、おう、ま、あいつは、俺がいなきゃダメっつーか。
- 女
- そっかー。
- 男
- この前も、クリスマス、仕事が入ったって言ったら泣いちゃって。
- 女
- へー。
- 男
- でも俺が仕事抜けるわけにいかねーじゃん?そしたらあいつ、マンションで準備してくれてんだよ!チキンとか、こんなでっかいツリーとか。あーあれ三メーターくらいあったな。もう、天井に刺さってた。
- 女
- よかったねー。
- 男
- ・・・・俺が正月こっち帰るって言ったら、「さみしいからやだ」って、もうすげーごねて!駅まで追っかけてきてさ!
- 女
- おー。
- 男
- 新幹線とか超追いかけんだよ!ホームを、「やだー!」って言いながら走るの!すごい速さなの!で、ホームの端のとこまできたら、そこですごい跳躍をして、窓のところに、ベターってしがみついて「いかないでー」って!もうまいっちゃったよ。
- 女
- 大変だったねー。
- 男
- ・・・。
- 女
- どしたの?
- 男
- 何なのお前。
- 女
- 何が?
- 男
- んなわけないじゃん。そんな女いるか。っていうか、なんでそういうことするわけ?
- 女
- そういうことって?
- 男
- ほんとは知ってんだろ、お袋に聞いたんだろ、別れたって。
- 女
- 聞いたよ。
- 男
- 言えよ、俺、ずっと、馬鹿みたいじゃねーか。休み中ずっとさ。
- 女
- 見送れなんて言って、何かと思ったらそういう話?
- 男
- すげー格好悪いじゃん。
- 女
- ・・・あのさ。
- 男
- なんだよ。
- 女
- 全部知ってるから。
- 男
- な、何を?
- 女
- だから、全部。
- 男
- 全部ってなんだよ。
- 女
- 有給なんかたまってないし会社で期待されてるわけでもない。
- 男
- え?え?
- 女
- おしゃれなマンションに住んでるっていうのも、最近英会話に通い始めたっていうのも、そこの外国人講師のお姉さんに口説かれたっていうのも嘘。
- 男
- ・・・誰に聞いた?
- 女
- わかるよ。
- 男
- なんで?
- 女
- 何年一緒にいたと思ってるの。昔からあんたってそうじゃん。
- 男
- え、じゃあ、お前、全部わかってて聞いてたの?
- 女
- うん。
- 男
- なんで言わねーんだよ!
- 女
- だって嘘つくんだもん。そっちが嘘つくから、私も嘘ついたの。悪い?
- 男
- ・・くそー。
- バスが来る。
- 男
- あ。
- 女
- ほら、来たよ。行ってらっしゃい。
- 男
- ・・・俺、進歩ねーな。ゼロ進歩だ。ウソツキだし。
- 女
- 嘘つけてないんだから、逆に正直なんじゃない?
- 男
- やだなそれ。
- 女
- それに、いいと思うよ。無理に進歩しなくても。この町みたいじゃん、悪くないって。
- 男
- そうか?
- 女
- 行ってらっしゃい。
- 男
- 行ってくるわ。
- 男がバスに乗り、バスのドアが閉まる。
- 終わり。