バケツで雑巾をジャブジャブと洗い搾っている音。
指がかじかむのか、息を吹きかける男。
ドアが開きカランカランという客の知らせが響く。
あの・・・・・・営業してます?
いえ・・・・・・まだ正月休みで。
明日からなんですよね。
今日は、出来なかった大掃除でたまたま。
(遮るように)そこを・・・・・なんとかしてもらえないでしょうか?
え?
すみません・・・・・・・無理なことお願いしてるのは分かってるんですけど、明日から仕事始めで今日じゃないと・・・・困るんです。
どこも閉まってるし・・・・・・。
新年で、さっぱりしたいんですか・・・・・・でも、ウチは床屋って感じの店だし・・・・それこそ若い女の子が行く様な店の方が・・・・・・。
(遮って)そんなこと、言ってられないんです!
え?
私の今の髪・・・・・見てもらったら・・・・・・・分かってくれると思うんです。
えっ・・・・・・・・・ちょっと、待って!
え?
その帽子、取るの見ちゃったら・・・・・・後戻り出来ないってことですよね。
休みたいし・・・・・・でも、そう言われると・・・・・・気になるし。
うーん・・・・・・・・分かりました・・・・・見せて下さい。
い、いきますよ・・・・・・・・・。
少し、間。
これは・・・・・・・酷い。
やっぱり・・・・・・・。
じゃあ・・・・・そこ座って下さい。
良かった・・・・・・・有難う御座います!
女がイスに座ると、クロスをバサッと広げてつけてやる男。
うーん・・・・・・これ、整えようと思ったら・・・・・かなりバッサリいっちゃうけど。
はい・・・・・・・覚悟は出来ています。
では・・・・・・・遠慮無く。
チョキチョキと髪を切る音がする。
あの・・・・・・・なんで、こんなことに。
(ごまかし笑いを浮かべながら)・・・・・えーと、酔っぱらっちゃって、つい。
つい・・・・・・・で、こんなになっちゃうって、どんだけ。
あはは・・・・・すみません。
いえいえ・・・・・あれじゃね・・・・・・お客さん元々長かったんじゃないですか?
分かるんですね・・・・・・10年ぐらいずっとロングだったんです。
そんなに・・・・・本当バッサリいってますけど大丈夫?
はい・・・・・・・そのほうが、かえっていいんです。
本当は・・・・・・ずっとこうしたかったんじゃないかなって。
え?
(少し笑って)なんか・・・・・・・実は、失恋したんです私。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ずっと、付き合ってた人なんですけど・・・・もう無理だーってなっちゃって。
何年も前から、こうなるって分かってたんだけど、なんか無理して今まで 引き延ばしてて・・・・・・。
髪の毛も一緒で・・・ロングヘア好きだって言うから、合わせてたんですよね。
彼が好きな私が、自分が好きな自分だって・・・・思いこもうとしてたというか。
でも・・・・・・・・いざ、バッサリとリセットって難しいもんですね。
だから・・・・・・・酔って?
かもしれません・・・・・迷惑な話ですよねホント。
チョキ。
あの・・・・・・出来ました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
どうですか・・・・・・・やっぱり。
気に入りました・・・・・・・・とっても!
良かった・・・・うん、本当似合います・・・・・・・・じゃあ、シャンプー。
(遮って)いいですいいです・・・・・これ以上は迷惑かけれないし。
(鞄から財布を捜しながら)えーっと、お幾らですか・・・・・・・・・?
結構です・・・・・・。
え・・・・・・でも。
今度、事情があってもなくても・・・・・何でもいい・・・・・そうだ気分転換したい ときでもいいから、また来て下さい。
勢いとかじゃなくって、なりたい自分っていうのが出来たら教えて下さい。
そのお手伝いが出来たときに、お代はもらいますから。
有難う御座います・・・・・・・・きっと、来ますから。
はい・・・・・・待ってます。
二人、新しいこれからの日々を迎えるさっぱりとした気持ちで笑い合う。
終わり。