- バケツで雑巾をジャブジャブと洗い搾っている音。
指がかじかむのか、息を吹きかける男。
ドアが開きカランカランという客の知らせが響く。
- 女
- あの・・・・・・営業してます?
- 男
- いえ・・・・・・まだ正月休みで。
明日からなんですよね。
今日は、出来なかった大掃除でたまたま。
- 女
- (遮るように)そこを・・・・・なんとかしてもらえないでしょうか?
- 男
- え?
- 女
- すみません・・・・・・・無理なことお願いしてるのは分かってるんですけど、明日から仕事始めで今日じゃないと・・・・困るんです。
どこも閉まってるし・・・・・・。
- 男
- 新年で、さっぱりしたいんですか・・・・・・でも、ウチは床屋って感じの店だし・・・・それこそ若い女の子が行く様な店の方が・・・・・・。
- 女
- (遮って)そんなこと、言ってられないんです!
- 男
- え?
- 女
- 私の今の髪・・・・・見てもらったら・・・・・・・分かってくれると思うんです。
- 男
- えっ・・・・・・・・・ちょっと、待って!
- 女
- え?
- 男
- その帽子、取るの見ちゃったら・・・・・・後戻り出来ないってことですよね。
休みたいし・・・・・・でも、そう言われると・・・・・・気になるし。
うーん・・・・・・・・分かりました・・・・・見せて下さい。
- 女
- い、いきますよ・・・・・・・・・。
- 少し、間。
- 男
- これは・・・・・・・酷い。
- 女
- やっぱり・・・・・・・。
- 男
- じゃあ・・・・・そこ座って下さい。
- 女
- 良かった・・・・・・・有難う御座います!
- 女がイスに座ると、クロスをバサッと広げてつけてやる男。
- 男
- うーん・・・・・・これ、整えようと思ったら・・・・・かなりバッサリいっちゃうけど。
- 女
- はい・・・・・・・覚悟は出来ています。
- 男
- では・・・・・・・遠慮無く。
- チョキチョキと髪を切る音がする。
- 男
- あの・・・・・・・なんで、こんなことに。
- 女
- (ごまかし笑いを浮かべながら)・・・・・えーと、酔っぱらっちゃって、つい。
- 男
- つい・・・・・・・で、こんなになっちゃうって、どんだけ。
- 女
- あはは・・・・・すみません。
- 男
- いえいえ・・・・・あれじゃね・・・・・・お客さん元々長かったんじゃないですか?
- 女
- 分かるんですね・・・・・・10年ぐらいずっとロングだったんです。
- 男
- そんなに・・・・・本当バッサリいってますけど大丈夫?
- 女
- はい・・・・・・・そのほうが、かえっていいんです。
本当は・・・・・・ずっとこうしたかったんじゃないかなって。
- 男
- え?
- 女
- (少し笑って)なんか・・・・・・・実は、失恋したんです私。
- 男
- ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
- 女
- ずっと、付き合ってた人なんですけど・・・・もう無理だーってなっちゃって。
何年も前から、こうなるって分かってたんだけど、なんか無理して今まで 引き延ばしてて・・・・・・。
髪の毛も一緒で・・・ロングヘア好きだって言うから、合わせてたんですよね。
彼が好きな私が、自分が好きな自分だって・・・・思いこもうとしてたというか。
でも・・・・・・・・いざ、バッサリとリセットって難しいもんですね。
- 男
- だから・・・・・・・酔って?
- 女
- かもしれません・・・・・迷惑な話ですよねホント。
- チョキ。
- 男
- あの・・・・・・出来ました。
- 女
- ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
- 男
- どうですか・・・・・・・やっぱり。
- 女
- 気に入りました・・・・・・・・とっても!
- 男
- 良かった・・・・うん、本当似合います・・・・・・・・じゃあ、シャンプー。
- 女
- (遮って)いいですいいです・・・・・これ以上は迷惑かけれないし。
(鞄から財布を捜しながら)えーっと、お幾らですか・・・・・・・・・?
- 男
- 結構です・・・・・・。
- 女
- え・・・・・・でも。
- 男
- 今度、事情があってもなくても・・・・・何でもいい・・・・・そうだ気分転換したい ときでもいいから、また来て下さい。
勢いとかじゃなくって、なりたい自分っていうのが出来たら教えて下さい。
そのお手伝いが出来たときに、お代はもらいますから。
- 女
- 有難う御座います・・・・・・・・きっと、来ますから。
- 男
- はい・・・・・・待ってます。
- 二人、新しいこれからの日々を迎えるさっぱりとした気持ちで笑い合う。
- 終わり。