- 仰々しい機械音がする。
- 女
- 博士。コーヒー、もうすぐですから。
- 博士
- …。
- 女
- なんですか話って。まだ、この研究室の掃除もありますし。
- 博士
- もう、そんな事はいいんだ。
- 女
- 冗談を。新聞一つ取りに行けないくせに。
- 博士
- (さえぎるように)もういいんだ。
- 女
- あの。
- 博士
- 明日から僕たちは、別々の生活をするんだ。
- 女
- …。
- 博士
- 君がここで過ごすのは今日で最後なんだ。
- 女
- 私、メイドとして何か問題が?
- 博士
- 実は。君は、人間じゃない。
- 機械音が空しく鳴り響く。
- 博士
- 君はメイド用のロボットなんだ。
- 女
- なにを…。
- 博士
- 僕が開発し、明日の納期に向けてテストを続けてきたんだ。
- 女
- あの。私、人間です。
- 博士
- よく考えろ。どこの世界に「イザナギ1号」なんて名前の女がいるんだ!?
- 女
- そ、そうなんですか?(機械音)
- 博士
- 人間ってのは、そんな一々、カシャンカシャン言わないんだ!
- 女
- え!(煙の出る音)
- 博士
- 驚いた時に煙も出ない!
- 女
- あ、コーヒーが出来ました。
- 女、口を開き、コーヒーを注ぐ。
- 博士
- 口からコーヒーをいれてくれる人間はいない!
- 女
- そんなっ!
- 博士
- 熱いっ! 途中で喋るな。
- 女
- すいません。
- 博士
- 人間てのは、君みたいに耐熱加工されてないんだ。ジェットエンジンもついてないし、肘からミサイルも出ない。
- 女
- え? もしやトランスフォームも?
- 博士
- 人間はガォークにもバトロイドにもならない! 君みたいに5体合体なんて夢のまた夢さ。
- 女
- 知らなかった。ずっと普通だと。
- 博士
- 本当は一番最初に教えるべきだった。でも、出来なかった。すまない。
- 機械音が空しく鳴り響く。
- 女
- 頭をあげて下さい。
- 博士
- ?
- 女
- 私、よく考えると、自分の記憶が無いんです。誰も知らないんです。うすうす、機械みたいだなって思ってました。でも、博士の事を考えて働く時だけは忘れられたんです。今日ご飯食べたかな? お風呂に入ってくれたかな?って。あ。これって家族みたいだなって。私、やっぱり人間だって思えたんです。
- 博士
- …同じだよ。
- 女
- え?
- 博士
- でもね。僕はそんなできた男じゃない。
- 女
- 博士。
- 博士
- 僕はずっと一人で研究ばかりしてきた。君なんかよりずっと機械みたいな生活をしてきた。僕は…。
- 女
- 充分、人間です。
- 博士
- そうかな。
- 女
- そんな顔は、機械にはできません。
- 博士
- (微笑む)ありがとう。
- 女
- 明日から一人で大丈夫ですか?
- 博士
- バカにするなよ。
- 女
- どちらへ?
- 博士
- 新聞、僕が取って来る。
- 女
- コーヒー、冷めましたね。
- 博士、出て行く。
鳴り響く機械の音。
- 女
- その日、私「イザナギ1号」は生まれて初めて、私の手でコーヒーを淹れました。それは、なんだかいつもよりとても暖かいものでした。私に積んである2基のジェットエンジンよりも、ニトロのミサイルなんかより暖かいものでした。
- 終わり。