- まっくら闇。なにも見えない。
声が聞こえる。
- 男
- おい、ちょっと待って。
- 沈黙。
- 男
- おーーーーい。おい。あれ?なに?これなに?どういうこと?
- 女
- なに?
- 男
- わっ!急に来るなよ!なんだよ!
- 沈黙。
- 男
- ちょっと!黙らないでくれる!?
- 女
- びみょう…
- 男
- おぉ…
- 女
- なに?なんか、慌ててんの?なんか、焦ってる?
- 男
- いや、ちょっと、どこ?お前、いるの、どこ?
- 女
- は?
- 男
- いや、だからさ、ちょっと、いや、もっと、しゃべってくれない?
- 女
- え、私のいる場所がわかりたいの?
- 男
- そりゃそうでしょうよ!……あ、ごめん、ちょっと、しゃべって。声、声、くれ、声を。
- 女
- わかるわけないでしょう。
- 沈黙。
- 男
- なんで?しゃべれば、ほら、声のする方にさ、向かっていけばさ。
- 女
- 言うまでもないけどさ。
- 男
- じゃあ言わないでくれる?
- 女
- やってるでしょ、さっきから。
- 男
- なにを?
- 女
- とぼける意味わからないけどさ。声がする方、向かってるでしょ?さっきから。
- 男
- そうだけど?なにか?…いや、これは、お前も動くから!
- 女
- 動いてないよ!
- 男
- えぇ!
- 沈黙。
- 男
- うそ。まったく?
- 女
- そう。
- 男
- え、なにこれ?俺の感覚がおかしくなってる?だって、え、動いてないとかありえないから。
- 女
- 信じるも信じないもあんたの自由だけど。
- 男
- そんな言い方はやめて!こわいだろう、それは。
- 女
- なんで?
- 沈黙。
- 男
- 感覚的に?こわい?ちがう?ちがわない?どう?返事に困る?答えようと思えない?もう関わりたくない?そんなことない?そんなことでもない?
- 沈黙。
- 男
- こうやって、沈黙してると、俺はひとりで、ただただいるだけ、って感じになる。お前は本当にいるのか、そこに。
- 女
- いると思うけど。
- 男
- さっきからさ、俺は横になってるわけ。仰向けになって、背中を下にして、横になってんの。
- 女
- それで?
- 男
- わかんなくなるわけ。目に見えるものがなくて、こうやってしゃべってるのも、相手がいるのかどうか。
- 女
- やだなぁ、それは。
- 男
- お前はちがうの?
- 女
- ちゃんと話はきいてるつもりだし、しゃべるかぎりは伝えたいことがあるんじゃないかな。
- 男
- ふーん。
- 女
- まっくらでしょ?今。
- 男
- うん。
- 女
- それが当たり前になっちゃいけないっていうか。
- 男
- どういうこと?
- 女
- 今、当たり前になってない?
- 男
- なにが?
- 女
- 例えばまっくらなこの状態。
- 男
- そんなことないよ。
- 女
- 本当に?
- 男
- ああ。
- 女
- 本当の本当に?本当の本当の本当に?本当の本当の本当の本当に?
- 男
- 意味がわかんないよ。
- 女
- 本当に?
- 男
- 人のことそんな疑って、なにがしたいんだよ。
- 女
- 不安なだけ。不安を押し付けちゃって申し訳ないけど。
- 沈黙。
- 男
- 俺は、あきらめないよ。こうやって、お前と話してるかぎりは、あきらめない。
- 女
- なにをあきらめないの?
- 男
- いろんなことだよ。なんかわかんないけど、いろんなこと。
- 女
- わかんないっていうのは、ダメな気がするけど。
- 沈黙はつづく。おわり。