- これは、オフィスビルに棲むという『なにか』のお話。
電話の鳴る音や人の話し声、騒がしいオフィス内の様子。
その廊下で人には見えない『なにか』が会話をしている。
- うわささん
- ・・ですから、右にいくべきか左にいくべきか、それとも真っ直ぐいくべ きかよく分からないんです
- 男
- それは困りましたねぇ。そもそもあなた、どこからきたんです?
- うわささん
- それもちょっと・・私、でどころがはっきりしないことで有名なんですよね
- 男
- ・・うわささん、でしたっけあなた。まぁ噂ってのは大抵、曖昧なものですからね」
- うわささん
- あ、でもだいたいは給湯室か、更衣室、それか3階の女子トイレからくることが多いと思います
- 男
- 3階の女子トイレ?
- うわささん
- あそこは食堂が近いので、お化粧なおしをする女子社員さんたちがよくお喋りしてるんです。そこでぼわ~っと私が産まれるんですね。ぼわ~っと
- 男
- ぼわ~っとって・・あなた輪郭がどんどん、ぼやけてきてません?
- うわささん
- いつもこんなかんじなんで。なにかと矛盾だらけですし、つかみどころがないんです私。行くところがなくなったら自然消滅です
- 男
- えらくあっさり言いますね
- うわささん
- どうせまた直ぐ産まれますからねぇ
- 男
- じゃあ、何故こんな廊下で偶然すれ違っただけの私に相談を?
- うわささん
- 立派な身なりをされた、あなたなら分かるかもしれないと思ったんです
- 男
- なにがでしょう?
- うわささん
- 私の意味ってなんですか?
- 男
- うわささんの意味ですか?
- うわささん
- ふと思ったんです。私はなんのために産まれてきたんでしょう
- 男
- うわささん、意外と哲学的ですね
- うわささん
- 当の本人ですら意味が分からないのに。皆さん、なんでこんなに四六時中あちこちで噂をするんでしょうか?
- 男
- それは・・ちゃんと、意味があるからじゃないでしょうか
- うわささん
- 意味ありますか?私・・
- 男
- いえね、噂そのものに意味はないかもしれませんが、噂をすることで秘密を共有している気になれたり、また噂が転じてなにか事が起こることもあります
- うわささん
- でもそれって、大抵よくないことじゃないですか?
- 男
- 一概には言い切れませんよ。確かに噂のせいで奥さんに内緒で高いゴルフクラブを買ったのがバレて、おこづかいを減らされた・・なんてケースもありますが、噂のおかげで頑張っている社員の仕事ぶりが上司の耳に入って昇進したなんてこともあります
- うわささん
- あなたはあるんですか?
- 男
- なにがです?
- うわささん
- 奥さんにバレて
- 男
- ないですよ
- うわささん
- あまりにもスラスラ出たので
- 男
- たとえですよ、たとえ。私は妻にはびしっと言ってやりますから。
とにかく、何事にもメリットとデメリットは存在します。ですが、それこそ意味があるという証拠です。噂には意味がある
- うわささん
- なるほど・・ああ、そろそろ私、行く場所がみつからなかったので消えてしまいそうです
- 男
- またお会い出来るといいですね
- うわささん
- あ、そういえばあなたのお名まえを聞いていませんでした。さぞかし学のある方なんでしょうね
- 男
- 私ですか?
- うわささん
- はい。最後にぜひ教えて下さい
- 男
- ええ、いいですよ。わたしの名まえは、『たてまえ』です」
- そして今日もまた、意味があるのかないのか分からない『なにか』がどこかで産まれ、どこかへ消えていく。
- END