それは国の真ん中にある、とても大きな大きな建物の１階。
エレベーターホールでサラリーマン風の男性と、つんとすました小学生くらいの女の子が待っている。やがてエレベーターの扉が開き、二人は乗り込む。

男

お嬢ちゃん、何階？

女の子

あなたは何階？

男

31階だよ

女の子

私は78階

男

そ、それは失礼致しました。78階の方とは存じ上げず

女の子

あら、いいのよ

男

まだ、その、お若いのに78階だなんて、一体なにをされたんです？

女の子

そんなたいしたことじゃないわ

男

いえ、ぜひ聞かせて下さい

女の子

学校の遠足で国立美術館にいったの。ほら、あの教科書に載ってる絵を見に

男

ああ、あのモッツァレラ画伯の。私も昔、課外授業で行きましたよ。懐かしいなぁ

女の子

嫌いなのよね

男

モッツァレラ画伯がですか？しかし彼は国民栄誉賞を受賞したヒーローですよ。
＜アホウドリの夜明け＞！我が国の発展を願い描かれたあの作品は、彼の没後五十年たった今でも名画として語り継がれています

女の子

でも＜アホウドリの夜明け＞には・・緑色が一切使われていないじゃない

男

緑・・ですか？それはまぁ、夜明けを描くのに緑は余り必要ないですからね

女の子

私は緑色が一番好きなの。なのに彼の絵ったら＜憂鬱なタマネギ＞とか＜カンガルーの勝利＞とか、緑のない絵ばっかり

男

そういえば、そうかもしれません

女の子

だから私、前の晩、遠足の準備をするときにね、リュックのなかに緑の絵の具を入れておいたの

男

・・・まさか

女の子

それは素晴らしい絵になったわ。一面緑色になったモッツァレラ画伯の＜アホウドリの夜明け＞は

男はごくりと唾を飲み込む。

男

・・それで78階。納得がいきました。しかし新聞には一切載っていなかったですが

女の子

少し前に美術館が休館してたでしょ。あれ、改修工事なんて嘘。あの時、国中の絵描き達が集まって＜アホウドリの夜明け＞の修復作業をしてたってわけ

男

なるほど

女の子

あなたは？31階

男

いやぁ、私なんてあなたに比べればお恥ずかしい。一日に二度、歩きタバコをするんです。会社への行きと帰りにね。コツコツと日々重ねてやっとこさの31階ってわけです

エレベーターが31階に到着し開く。

女の子

あなたもはやく来れるといいわね、うえの階に

男

まぁ、地道に頑張ります

犬の吠え声。男はエレベーターに乗り込もうとする犬とぶつかりそうになる。

男

おおっと、失礼

女の子

まぁ、可愛いわんちゃん！何階？

犬

ワンワン

女の子

96階？！！そ、それはしつれいいたしました！！それで、一体なにを・・

男を31階に残しエレベーターの扉は閉まり、犬の吠え声は上へと消えてきく。

男

・・うえにはうえが、いるもんだね

END