- リラクゼーション音楽をかける
氷の入ったグラスにウイスキーを注ぐ
ウイスキーをグイッと飲む男
グラスを机に叩きつけるように置く
- 男
- (大きなため息)
- キーボードを叩く音
- 男N
- 眠れない。眠れないから酒を飲む。ネットの掲示板を覗く。そこは、今日も誹謗中傷に溢れている。悪口を書き殴ってる奴らは、とても同じ人間とは思えない。人はここまで悪魔になれるのか
- ネットをシャットダウンする音
- 男N
- 布団にもぐり込む。明日も早いんだ。明日も上司は理不尽なイライラを爆発させる。そして俺は笑顔でかわす。とても同じ人間だとは思えない。人はあそこまで悪魔になれるのだ
- 家の外を数台のバイクが激しい音を鳴らしながら通り過ぎて行く
- 男N
- リラクゼーション音楽に激しい伴奏が付くのは毎晩のことだ。自分には絶対音感はないが、何となく気持ち悪くなって音楽を消す
- リラクゼーション音楽を消す
- 男N
- 本当は音楽よりも、ヤツらを消したい。だから、俺は、頭の中でヤツらをクリックし、ゴミ箱に捨てる。そして…
- パソコンの“ゴミ箱を空にする”を選んだ時に鳴るクシャクシャという音
- 男N
- 人はここまで悪魔になれるのか(自分の残虐な妄想に笑えてしまう)
- 虫の音が聴こえる
- 男N
- 家の隣は公園で、耳をすますと虫の音が聴こえて来る。さあ、このまま、自然の音に包まれて、眠りにつこう。明日も早いんだ
- 少女の歌声が聴こえて来る
曲は唱歌“翼をください”
- 男N
- どういうことだ。こんな時間に。まさかの“翼をください”熱唱じゃないか。頭おかしいんじゃないか? おい、誰か、彼女に翼をあげてくれ!
- 少女の歌は続く
- 男N
- いったいどういうことなのか。少女が真夜中、公園で一人、歌うなんてことが許されていいのか。いや、よくない。気付けば、俺は、公園にいた
- 虫の音が近い
少女はベンチに座って歌っている
- 男
- あの
- 女
- (歌を止める)
- 男
- お父さんとお母さんは?
- 女
- 喧嘩
- 男
- 喧嘩?
- 女
- 喧嘩
- 男
- それで家を出て来たの?
- 女
- うん
- 男
- でもね、歌を唄うと近所の迷惑になるから
- 女
- おじいちゃんとこに行きたいの
- 男
- おじいちゃんはどこにいるの?
- 女
- お空
- 男
- ん?
- 女
- お空
- 男
- お空?
- 女
- ねえ、翼ちょうだい
- 男の頭の中から辺りの音が消える
- 男N
- 俺は、かける言葉が見つからなかった
- “翼をください”を少女と一緒に歌う男
歌い続ける二人
- 男N
- 公園の片隅で、タバコを吸う男がこっちを見ている。酔いつぶれて滑り台で寝ていた男が何事かと目を覚ます。隣のマンションの窓から、怪訝そうな顔がいくつも覗いている。それでも俺は少女と歌い続けた
- 遠くからパトカーのサイレンが聴こえて来る
- 男N
- みんな、バランス取って生きてるんだよな。多少の迷惑をかけながら、大きな迷惑をかけないよう、バランスを取って、一生懸命生きているんだよな。誹謗中傷、理不尽、イライラ、バイクに、タバコ、酒、喧嘩。そして、歌
- 歌い続ける二人
- 男N
- 少女よ、まもなく警察が来るかもしれない。でも、気が済むまで歌うんだ。夜中に公園で歌うことなんて、どうってことないんだから。なんて考えていたら、いつの間にか歌詞を忘れ、ハミングで歌っていた。そんな俺に、少女はにこりと笑った
- 終わり。