- 雲一つない晴れた日に。
この街の外れにある一風変わった仕立て屋に、今日もひとりの女性が訪れる。
カランカランと、お店の扉が開かれる音。
- 仕立て屋
- いらっしゃいませ。『完璧な仕立て屋』へ、ようこそ
- 女
- あなたが『完璧な仕立て屋』さん・・ですか?
- 仕立て屋
- その通り。身長 159.5センチの貴女に,67.3センチの私では少々頼りなく見えるかもしれませんが
- 女
- どうして私の身長を
- 仕立て屋
- 私もあと 1メートルあれば、いつもより少し早く朝が訪れて仕事もはかどるんですが
- 女
- 朝が、ですか
- 仕立て屋
- 背丈があれば、あの丘から昇る太陽が毎朝今より少しだけ早くみれますからね。
さぁ、どうぞこちらの仕立て部屋へ。しかし貴女とは気が合いそうです
- 女
- どうして?
- 仕立て屋
- 貴女の腕と私の身長。丁度おんなじです。 67.3センチ
- 女
- 見ただけでわかるんですね
- 仕立て屋
- 『完璧な仕立て屋』ですからね。では仕立てましょう
- 女
- まだ注文もなにも・・
- 仕立て屋
- 大丈夫です。ご所望の服は分かっておりますので
- 女
- そんなことまで分かるんですか?
- 仕立て屋
- 勿論ですよ。何故なら
- 女
- 『完璧な仕立て屋』さん、だからですね
- 仕立て屋
- ほら、貴女とは仲良くなれそうだ。まずは・・そうですね。
今日はまた一段と良いお天気だ。あの空でワンピースを作りましょう
- 女
- 空で?
- 仕立て屋
- パフスリーブの袖に・・そうだ、裾には雲でボリュームを
- チョキチョキと空を迷うことなく切り取る仕立て屋。
裁縫箱から空色の糸が出て来てシュッシュッと軽快なスピードで器用に縫っていく。
空のワンピースはあっという間に出来上がる。
- 仕立て屋
- どうです?ほら、あなたにぴったりだ。でもまだ足りないなぁ。確かここに・・
(戸棚をごそごそと探る)・・あった!この虹で帽子をつくりましょう
- チョキチョキ、シュッシュッ。
瞬く間に虹の帽子が出来上がる。
- 仕立て屋
- あとは靴です。この貝殻をあしらって
- チョキチョキ、シュッシュッ。
貝殻のサンダルが出来上がる。
- 仕立て屋
- さ、どうぞ。あちらのフィッティングルームで
- 女
- あ、はい
- あっけにとられていた女性は我に返り、フィッティングルームのカーテンを開け着替えに入る。
- 仕立て屋
- 『完璧な仕立て』ってなんだと思いますか?
- 女
- (着替えながら)完璧な仕立て・・ですか?
- 仕立て屋
- 『完璧な仕立て』っていうのはね『完璧』ではないことなんです。
自由に着られるように、仕上げに僅かな余白を残す。それが私のモットーです
- 女
- ・・あの、着れました
- カーテンを開ける女性。
先ほどあったはずの部屋は消え、目の前には穏やかに波が打ち寄せる白い砂浜が広がっている。
- 女
- さっきの仕立て部屋は?それに、ここは・・
- 仕立て屋
- とても良くお似合いです。この海で待っている方がいるのでしょう?ほら、あそこに
- 遠くに人影が見える。
- 仕立て屋
- 想いが真っ直ぐに届く服を・・あとは、貴女が着こなすだけです
- 女
- はい
- 砂を踏みしめる音。女性は一歩、また一歩とそのシルエットに向かって歩いていく。
- END