- 浜辺。
20代後半の女性が、コンクリートの突堤に座り、一人で海を眺めている。
緩やかな風にかさつくビニール袋には、つまみや酒が入っている。
少し乱暴に、ビニールから缶を取り出す女性。
傍らには、既に空になった空き瓶が置いてある。
- 男
- おーい。こんなとこにいたんだ。
- 女
- ・・・。
- 男
- ごめんごめん。待った?
- 女
- ・・・。
- 男
- あ、ほら、お前の好きなお菓子買って・・・あ。同じの、買ってたか。
- 女
- うるさい。
- 男
- え。
- 女
- ・・・あれ。(指をさす)
- 少し離れた突堤に、少年たちがたむろしている。
- 男
- ああ、若いんだから。仕方ないよ。
- 女
- ガキがつるんで、歌って叫んで。
- 男
- 高校生かな。
- 女
- 中学生かもよ。最近の子供はデカイから。
- 花火が上がる。
- 男
- あーあ、怒られるな。
- 女
- こんな明るい中で花火上げたって、何にも見えないのに。
- 男
- 別に花火っていうか、音立てたいだけでしょ。
- 女
- そんなに気づいて欲しいわけ?
- 男
- 気づいて欲しいっていうか・・・。
- 女
- 馬鹿みたいに大声出して、花火打ち上げて、笑い合って。
- <また花火が上がる。
- 女
- 何が嫌って、あいつら、笑ってないのよ。笑ってるけど、笑ってないの。
口を開いて、声張り上げてるだけで、一つも楽しそうじゃない。
それが、すごく、気持ち悪い・・・。
- 男
- 気持ち悪いって・・・あ!お前、もうそんなに飲んでたのか!
- 女
- だって遅かったんだもん。・・・う、おええ。
- 男
- うわ、ちょっと、お前なあ!
- 波の音が静かに聞こえてくる。
- 男
- 久しぶりに会うとこれだからなあ。
- 女
- ごめん。
- 男
- 別にいいよ。しかし、変わらないね、ここは。
- 女
- うん。ほら、あそこのテトラポットの言葉、悲しくない?「アブナイ・キケン」って、もう、誰も泳がないのにね、こんなとこ。
- 男
- 挟まれちゃったからなあ、新しい海水浴場に。
- 女
- でも、こっちの方が好きだな、私は。ここに来るまでの道も、情緒あってさ。
- 男
- あのやたら耳のでかい犬、見た?
- 女
- 見た見た。元気そうだったね。あと、マンションから、聞こえる、親子喧嘩の声とか。
- 男
- あの家、いっつも喧嘩してるよな。
- 女
- なんにも変わらない。ちっさな虫が、私じゃなくて、あんたの頭にばっかりたかってくるのも。
- 男
- うわ、ほんとだ。ああ、もううっとうしい。(払いのけようとする)
- 女
- ねえ、もうすぐ日が沈むね。
- 男
- 眩しくない太陽って、なんか偽物みたいだな。
- 女
- うん。
- 男
- ・・・。
- 女
- ・・・海は、どうして陸に上がりたがるんだろう。
- 男
- うん?
- 女
- 海はさ、どうして陸に上がりたがるんだろう。ああやって、何度も何度も。
- 男
- 一緒になりたいからじゃない。
- 女
- うわ、ロマンチック(きもっ)。
- 男
- 違う?
- 女
- 馬鹿みたい。それで岩は削れるし、荒れた時なんて、陸も汚されて、沢山の人が辛い思いして・・・。いい迷惑よ。
- 少しの沈黙。
- 男
- <足、冷やそっかな。(砂浜に入っていく)
- 女
- え、ちょっと、やめときなよ。砂、汚いでしょ?ゴミだらけだよ。
- 男
- 昔からそうだっただろ、ほら。来なって。
- 足を海水に浸ける二人。
- 男
- あー。気持ちいいー。
- 女
- 冷たい・・・。でも、以外と水は綺麗かも。
- 男
- 台風の後の海ってさ、きったないんだ。もう、泥だらけ、瓦礫やゴミがたっくさん浮いてて。
- 女
- そうなんだ。
- 男
- それ見たとにさ、ああ、こいつもちゃんと痛い思いしてるんだなあって思ったんだ。陸を傷つけた分、海だって苦しいんだって。
- 女
- そうかな。
- 男
- 多分。
- 女
- 言いたいことはわかるけど、納得できない。
- 男
- 俺もだよ。でも、それでも海は陸に上がりたがる。それはきっと、海が、陸を好きだからだと思うんだ。
- 遠くで聞こえる電車の音。
- 女
- ・・・暗くなってきた。
- 男
- 帰る?
- 女
- まだまだ。酒もつまみもたっぷり買ってあるから。
- 男
- じゃあ、飲むか。
- 女
- うん。
- 男
- さっきは、お前の嫌いなものの話を聞いたから、代わりに俺の好きなものの話をするよ。俺が好きなのは、あの、遠くで聞こえる電車の音。ガタンゴトン、ガタンゴトンって、本当にそう聞こえる。これが、昔からずっと好きだったんだ。
- 女
- 私も、好きだった。昔から。
- 男
- よし、乾杯しよう。
- 女
- なにに?
- 男
- 陸と海に。
- 女
- (微笑んで)海と陸に。
- 完