- タバコに火をつけ、女はゆっくりと息を吐く。
煙の向こうのソファーには、全身が活字だらけの新聞紙男が座っている。
- 女
- ・・で?
- 新聞紙男
- で?じゃないですよ。あなた、ちゃんと私の話しを聞いてました?
- 女
- 聞いてたわよ
- 新聞紙男
- じゃあもっと、こう、取り乱してみるとか、自分の運命を呪ってみるとか、なんかないんですか?
- 女
- そうね・・・うん。ないわねー
- 新聞紙男
- そうですか・・(少しがっかりする)
- 女
- あんた何しに来たの
- 新聞紙男
- 先ほども申し上げた通り、私はほんの少しだけ未来からやってきた新聞紙男ですから、この体に記されたこれから起こる大事件を読んで頂くために来たんです
- 女
- 新聞紙男って・・どこまでが名字でどっからが名まえ?
- 新聞紙男
- ちゃかさないで下さい
- 女
- だってねぇ
- 新聞紙男
- なんですか?
- 女
- あんたの話し、ペラッペラで全然実感が沸かないんだもの
- 新聞紙男
- 仕方がないでしょう。紙なんですから
- 女
- 未来の出来事を新聞紙に語られてもね。普通、新聞ってのは、あったことが書いてあるものでしょ
- 新聞紙男
- そうでもないですよ。大半の人が事実だと思って読んでいますが、それが真実かなんて知っているのはごく一部の人間だけ。
読む人が書いてあることを信じるか信じないか、現在の話でも未来の話でもその辺はさしてかわりません
- 女
- 私、苦手なのよね。そういう宗教っぽいの?
- 新聞紙男
- ・・しぶといですね
- 女
- あんた、私をビビらせにきたわけ?
- 新聞紙男
- 薄っぺらくっても、私にだってプライドがあります。
信じてもらうことが新聞紙の本望なんです
- 女
- プライドだか知らないけど、簡単に『はい、そうですか』とはいかないわよ。
『もうすぐあなたは撃たれます』なんて急に言われてもね。
だいたい、ここ日本よ、日本
- 新聞紙男
- 確かに国内での拳銃による被害者は統計学に見れば誤差の範囲です。
でもね、書いてあるんですよ。ほら、ここ、ちょうど私の左の手の平にね
- 女
- あーはいはい。そろそろ時間だから
- 新聞紙男
- やめないんですか?
- 女
- あのね、これは私の授賞式なの。あんたの好きそうな言い回しでいうとね、『長年の研究の成果が世界的に認められる記念すべき日』ってわけ。
ここまで何年費やしたと思ってんの
- 新聞紙男
- 随分周りにも叩かれたそうじゃないですか、その研究
- 女
- そりゃあ、私を妬んでる奴の一人や二人、いてもおかしくないかもね
- 女はタバコを新聞紙男の左手に近づける。紙が焦げる臭いがする。
- 新聞紙男
- あぁ、あぁ、なにするんですか・・
燃えちゃってるじゃないですか、私の左手
- 女
- 読み終わった古新聞は薪にでもするしか使い道がないでしょ
- 女は部屋の扉を開け、外に出る。数々のシャッター音。
大勢の人々のどよめきや記者たちの質問の嵐がわっと押し寄せる。
新聞紙男は燃えている。
- 新聞紙男
- ひどいなぁ・・別にいいですけどね。私が燃えたところで、一度書かれたことは消えないですし・・
まぁ結局のところ・・見極めるのは
- 女の去った方向からズドンという銃声がする。
- 新聞紙男
- あなた次第ってことです
- 部屋には、すっかり文字の読めなくなった新聞紙の燃えかすだけが残っている。
- END