風の音、少し長い
その中から、男の足音が聞こえ、止まる
どうも…。
……どうも。
はじめまして。今日は、風がつよいですね。
そうかしら?
ええ。つい昨日までは、ここいらは息をとめたように、…音ひとつない。
しかし、これが今日に至って
そうではありません。
…何です?
私たち……はじめてかしら?
(おたおたと)そうです。…だって、そうじゃありませんか。
私たち、こんな風の強い日に、はじめて出会ったんですから
あの、それならそれで結構なんです、私。
…ええ。
私、あなたのことを信用していない、ってことじゃありませんのよ。
…すいません。
はじめました。
え…?
私たち、…はじめました。
おとなり…よろしいですか?
ええ……どうぞ。
男は女の隣に腰掛ける
風の音、長く
お付き合いしていただけませんか?
……何?
突然このようなことを申し上げて、さぞかしびっくりされることでしょう、しかし、
結構ですよ。
え?
…突然このようなお返事を申し上げて、さぞかしびっくりされることでしょう、しかし
いえ、……ありがとう…ございます。
…どう、いたしまして。
私と結婚してください。
何?
…あの
結構ですよ。
え?
結婚。
……本当に?
あなた、随分と思い切りの良い方ね。
風の音
少しの沈黙
いけない、仕事の時間だわ。(立ち上がる)
ああ、もうそんな時間か。
私、行かなくっちゃ。
そうだね。行ってらっしゃい。
……何ですって?
え?
今の……何?
ですから…行ってらっしゃい、って。
どうしてそんなこと仰るの?
だって、夫婦ですから、私たちはもはや。
行きますよ、仕事なんですから。ことさらに言われなくたって。
ええ。
ですけれど、行ってから……いらっしゃい、だなんて。
夫婦とはいえ、ついさっきほどに出会ったばかりの私に、
あなたはどれほどいらっしゃってほしいのかしら?
いや、それは
(強く)あなた。
はい。
…いけませんよ。そういう風に、軽々に妻のことを決め付けたり、期待してちゃ。
…ごめんなさい。
じゃあ、行ってきます。
ええ、行って、あ、いや……お気をつけて。
女の足音が遠ざかる、しかし、すぐに足音は聞こえなくなる
風の音
行ってきます?…行って……来るんですか、ふたたび…?
風の音がひときわ大きくなって、ぱたりと止む
男の足音が聞こえて、すぐに止まる
どうも…。
……どうも。
おわり