- 風の音、少し長い
その中から、男の足音が聞こえ、止まる
- 男
- どうも…。
- 女
- ……どうも。
- 男
- はじめまして。今日は、風がつよいですね。
- 女
- そうかしら?
- 男
- ええ。つい昨日までは、ここいらは息をとめたように、…音ひとつない。
しかし、これが今日に至って
- 女
- そうではありません。
- 男
- …何です?
- 女
- 私たち……はじめてかしら?
- 男
- (おたおたと)そうです。…だって、そうじゃありませんか。
私たち、こんな風の強い日に、はじめて出会ったんですから
- 女
- あの、それならそれで結構なんです、私。
- 男
- …ええ。
- 女
- 私、あなたのことを信用していない、ってことじゃありませんのよ。
- 男
- …すいません。
- 女
- はじめました。
- 男
- え…?
- 女
- 私たち、…はじめました。
- 男
- おとなり…よろしいですか?
- 女
- ええ……どうぞ。
- 男は女の隣に腰掛ける
風の音、長く
- 男
- お付き合いしていただけませんか?
- 女
- ……何?
- 男
- 突然このようなことを申し上げて、さぞかしびっくりされることでしょう、しかし、
- 女
- 結構ですよ。
- 男
- え?
- 女
- …突然このようなお返事を申し上げて、さぞかしびっくりされることでしょう、しかし
- 男
- いえ、……ありがとう…ございます。
- 女
- …どう、いたしまして。
- 男
- 私と結婚してください。
- 女
- 何?
- 男
- …あの
- 女
- 結構ですよ。
- 男
- え?
- 女
- 結婚。
- 男
- ……本当に?
- 女
- あなた、随分と思い切りの良い方ね。
- 風の音
少しの沈黙
- 女
- いけない、仕事の時間だわ。(立ち上がる)
- 男
- ああ、もうそんな時間か。
- 女
- 私、行かなくっちゃ。
- 男
- そうだね。行ってらっしゃい。
- 女
- ……何ですって?
- 男
- え?
- 女
- 今の……何?
- 男
- ですから…行ってらっしゃい、って。
- 女
- どうしてそんなこと仰るの?
- 男
- だって、夫婦ですから、私たちはもはや。
- 女
- 行きますよ、仕事なんですから。ことさらに言われなくたって。
- 男
- ええ。
- 女
- ですけれど、行ってから……いらっしゃい、だなんて。
夫婦とはいえ、ついさっきほどに出会ったばかりの私に、
あなたはどれほどいらっしゃってほしいのかしら?
- 男
- いや、それは
- 女
- (強く)あなた。
- 男
- はい。
- 女
- …いけませんよ。そういう風に、軽々に妻のことを決め付けたり、期待してちゃ。
- 男
- …ごめんなさい。
- 女
- じゃあ、行ってきます。
- 男
- ええ、行って、あ、いや……お気をつけて。
- 女の足音が遠ざかる、しかし、すぐに足音は聞こえなくなる
風の音
- 男
- 行ってきます?…行って……来るんですか、ふたたび…?
- 風の音がひときわ大きくなって、ぱたりと止む
男の足音が聞こえて、すぐに止まる
- 男
- どうも…。
- 女
- ……どうも。
- おわり