- 旅館の一室から賑やかに酒を酌み交わす声がする。スッと障子の開く音。
女が出て来て、
障子はまた閉まる。部屋の前を通りがかった旅館の客らしき男が声をかける。
- 男
- にぎやかですね
- 女
- すみません。うるさかったでしょうか?
- 男
- いえ、とんでもない。こんな辺鄙な旅館に、珍しいなぁと思って。ご旅行ですか?
- 女
- ええ。実は・・私が明日お嫁に行くので、親族で集まっているんです
- 男
- それは、おめでとうございます
- 女
- ・・ありがとうございます
- 男
- 失礼ですが・・花嫁さんだというのに、余り嬉しくなさそうですね
- 女
- 親同士が決めたことなので。今時、おかしいでしょ。
相手の顔もまともにみたことないんですよ
- 男
- それは・・厳しいお家柄なんですね
- ピチャンとどこかで水滴の落ちる音がする。
- 女
- あなたは、どうしてここに?
- 男
- 写真をね、撮りたくって
- 女
- 写真ですか?
- 男
- 僕、こうみえてもカメラマン志望なんです。こういう田舎が好きで。
時々、不思議なものが撮れたりしてね
- 女
- 不思議なもの?
- 男
- その土地ならではの言い伝えってあるじゃないですか。あの木には精霊が宿っているとか、あの石に触ると病気が治るとか。そういうものを写真に収めているとね。
時々、写るんですよ・・この世のものではない何かが
- 女
- この世のものではない、何か
- 女は黙り込む。ピチャンとまたどこかで水滴が落ちる。
- 男
- ・・あの、怖がらせてしまいましたか
- 女
- いえ羨ましいです。なにかに打ち込めるって素敵だと思います。私には何もないから
- 男
- そんなたいしたものじゃないんです。昔っから好奇心だけは強くてね。
だから、そういう ものについ興味が
- 女
- ・・今日はなにか撮られてきたんですか?
- 男
- いや、今日はあいにく天気がね・・
- 女
- ああ、そうでしたね
- 男
- まだ梅雨には少し早いんですが・・しかも日は差してるのにザーザー降ってきて。
所謂、狐の嫁入りってやつですね
- 女
- え?(急に驚く)
- 男
- あの・・なにか?
- 女
- ・・なにも
- 水滴が続けて落ちる音。
- 男
- ・・そうだ。写真を撮って差し上げましょう
- 女
- え、でも
- 男
- ポラロイドも持って来てるんですよ。独身最後の写真。どうです?
- 女
- では
- 男
- じゃあ、撮りますよ。笑って
- カメラのシャッターを切る音。ポラロイド写真が出てくる。
- 男
- もう少ししたら見れますよ。これは記念に
- 女
- いえ、あなたが持っていて下さい
- 男
- ですが
- 女
- あなたに持っていて欲しいんです
- 男
- わかりました・・・ああ、見えてきましたよ・・これは・・(驚く)
- 女
- 独身最後の日に、こんな私でも人の役に立てて良かったです
- 男
- あの・・これって・・
- 女
- 本当は禁止されているんですが、せめてもの親への抵抗です
- 男
- ・・あなたは
- 酒を酌み交わす賑やかな音がどんどん大きくなっていく。
- 女
- 頑張って下さいね。写真
- 音はさらに大きくなっていく。男は酒に酔ったかのような目眩におそわれる。
突然無音。
小鳥の鳴き声。気がつくと朝になっている。男は、自分の部屋の布団で目が覚める。
- 男
- ・・そうだ!昨日の写真は!
- 男があわてて、手に握っていた写真をみる。
- 男
- 葉っぱ・・?
- 写真を持っていたはずの手には、木の葉が一枚握りしめられている。
障子を開けて、男は廊下に出る。昨晩の騒ぎはなかったかのように静まりかえっている。
また、季節外れの雨が振り出し、男はふいに遠くに灯火が見えた気がする。
- END