男女2人暮らしのリビング。
遠くで水道から勢いよく流れる水の音がするが、やがて、止まる。
男が上機嫌でリビングに戻って来る。
ユウキ
ミカ~、テーブルクロス洗っといたよー!
ミカ
え?(不機嫌そうに)
ユウキ
風呂場でゴシゴシもみ洗いしてさ・・・かなりキレイになったよ!
ミカ
・・・。
ユウキ
ただ、このシミだけが、なかなか取れなくて。
ミカ
・・・。
ユウキ
けっこう念入りに洗ったんだけど・・・どーしても取れなかったんだ。このシミ。仕方ねーな。
ミカ
(ため息)
ユウキ
あ、ついでに風呂場も洗っといたから。
ミカ
(ため息)
ユウキ
あの・・・他に洗濯モンあったら出しといてよ。洗っとくから。(だんだん弱気になって)
ミカ
(さらに大きなため息)
ユウキ
・・・俺、食器洗ってくるわ。(恐怖から逃げるように)
ミカ
なんで、洗ってばっかいるの?(怒りを噛み殺しながら)
ユウキ
・・・いや、だって、汚れてるから。
ミカ
あんた前世アライグマ?
ユウキ
違うと思うけど・・・
ミカ
そんなにアタシんち汚い?イヤミ?
ユウキ
いや、そうじゃないよ・・・だってほら、ミカは洗濯キライじゃん、だから替わりに。
ミカ
今の会社やめて、クリーニング屋にでもなったら。
ユウキ
いや、なんないから。(愛想笑い)
ミカ
何が嬉しくてね、せっかくの休日、洗いもんばっかしてんのよ。
ユウキ
ミカ喜んでたじゃん。ユウキは進んで洗い物をやってくれるねって・・・
ミカ
だからって、毎週毎週カレシに片っ端から色んなもん洗われちゃあねぇ、こっちだって頭おかしくなんのよ。
ユウキ
・・・何だよその言い方。大変なんだぞ、洗いもんは!
ミカ
知ってるわよ。
ユウキ
洗いもんをなめるんじゃない!
ミカ
あんたもアタシをなめないで!
ユウキ
ミカ、よーく聞け。俺はなめてなんかない、俺は君のために、ただただ純粋に洗ってるだけだ!
ミカ
バカの一つ覚え・・・
ユウキ
バカって何だよ!
ミカ
バカよ!アタシの目の前でこれ見よがしに洗ってばっか・・・
ユウキ
これ見よがし?
ミカ
洗えばいいの?洗えば何でも丸く収まると思ってるの?!洗えば世界に飢えと貧困がなくなるの?!
洗えば地球に平和が訪れるの!!!
ユウキ
洗いモンにそんなパワーがあるわけないだろうが!!!
ミカ
じゃあ何で洗うのよ!
ユウキ
そこに洗いもんがあるからだろう!
ミカ
なら洗ってやったみたいな顔しないで!
ユウキ
違う、俺は洗いたいから洗ってるだけであって・・・
ミカ
洗いもんの話はもういい!
ユウキ
今、洗うとか洗わないとかそんな話してないだろ!
ミカ
してるじゃない、さっきから!
ユウキ
洗うとか洗わないとかそんな低レベルな話、一切してないよ、俺は!
ミカ
じゃあ何の話よ!
ユウキ
今ここに洗い物があります、そああどうしますか人として、っていう重要な問題を言ってるんでしょうが!
ミカ
全然重要じゃない!
ユウキ
じゃ、誰が洗うんだ!その洗い物は誰が洗うんだ!
ミカ
誰も洗わない!世界中の誰一人洗わなくたっていい!
ユウキ
だーれも何にも洗わなくなった世界がどんなに恐ろしいか!ちょっとは考えろ!
ミカ
じゃあアタシがつくってやるわよ!誰も洗わない世界!
ユウキ
それでも俺は洗う!たとえ、世界中で誰一人洗わなくなったって、俺は絶対洗うからな!
ミカ
じゃあ死ぬまで洗ってろ!
ユウキ
ふざけんな!(ミカにビンタ)あ・・・
ミカ
(泣きだす)
ユウキ
いや、あの、その・・・違うんだ!俺、以前、家事とか一切手伝わなくて、女のやる事だと思ってて、そんで愛想つかされたことあって、だから・・・
ミカ
(泣きながら)そのテーブルクロス、捨てないアタシを責めてるんでしょ。
ユウキ
え?
ミカ
タツヤが、こぼしたソースだからでしょ。去年ユウキと3人でここで食事した時のだもんね。(涙声)
ユウキ
タツヤ・・・?
ミカ
あの後ユウキがここで暮らすようになってから、本当は替えようと思ってた・・・
でも、そんなすぐに捨てられない事だってあるじゃん!
アタシだって何回も洗ったよ!あのシミ見るたびにタツヤのこと思い出すし!
ユウキ
・・・。
ミカ
アタシもうタツヤのこと好きでも何でもないよ!なのになんでそんなにアタシのご機嫌ばっかとるの!
アタシがタツヤのとこに戻るとでも思ってるわけ!?
ユウキ
・・・
ミカ
タツヤにちょっと悪い事したかなって、たまに思い出すことあるだけじゃん・・・
ユウキ
ミカ・・・
ミカ
アタシ、ユウキが大事なんだよ!
ユウキ
・・・知らなかったよ俺。
ミカ
え?
ユウキ
そのシミ・・・俺がこぼしたと思ってた。
ミカ
・・・え?
ユウキ
殴ってごめん。
ミカ
アタシ・・・ユウキが気にしてるんだとばっかり・・・
ユウキ
・・・ごめん。
ミカ
・・・ごめん。
ユウキ
・・・俺、テーブルクロス、もう一回洗ってみるよ・・・(行こうとする)
ミカ
ユウキ!
ユウキ
ん?
ミカ
(吹っ切れたように、愛情たっぷりに)新しいの買ってよ!
終わり。