今年も春が来た。
家と職場の往復だけの私には、まだ春は私には訪れない。
会社の後輩が、願いが叶うお寺で素敵な恋人が出来たとはしゃいでいたので、私も出掛けてみることにした。ひとりで・・・・・・。
だって・・・・・なんだか誰かを誘っていくなんて気恥ずかしいし、
実は、学生時代に訪れて願ったそばから、失恋したのだ。
私にとっては・・・・リベンジの旅かもしれない。
車が止まり、ドアを自動的にバタンと閉める音。
「ご乗車ありがとうございます。」
・・・・何処かで聞いたような懐かしい声。
「・・・・どちらまで?」
「あ・・・・・・京都駅まで。」
「お寺の帰りですか?」
「ええ・・・・・そうなんです。」
「やっぱり。願い事が叶うといいですね。」
「運転手さん、行かれたことあります?」
「僕は乗せていくばっかりで・・・でも、学生の時行ったことあるんですよ。」
「願い、叶いましたか?」
「・・・・それが全く。」
・・・・・・・希望の一つぐらい持たしてよ。
彼が話してくれた内容は、こうだった。
女友達に誘われて二人で出かけたのだという。
本来なら、「デート」になるんだろうけれど、そういうことに疎かった為か、
一緒に行くことにしたのだという。

でも、あくまで建前上の話。
当時、好きな人がいて・・・・サークルの後輩でもある女の子。
彼女との仲を取り持って欲しい。という、願いがあったそうだ。
まあ、それを女友達と出掛けるのはどうかとは思うけれど・・・・・。
男が、一人で行きづらいという気持ちは分からなくもない。
でも、ちょっとずるいとも言えるこの行動に思いがけない結末が・・・・・。
帰りがけにお寺の前でその好きな女の子と鉢合わせ。
「もうパニックですよ。 どう言い訳しよう・・・または、好きな子はこの現場を見てヤキモチ妬いてくれるかなんて・・・変な期待もしたりして。」
その『後輩』が羨ましい・・・・・私とは全く逆のパターンだ。
「で、どんな反応だったんですか?」
「先輩、デートですか?って満面の笑みで訊ねられちゃって。
連れの女の子は喜んでるし、そこでなんで誘われたのかという真相もやっと分かったけど、好きな女の子は目の前だし。
・・・・・そのまま帰るしかなかったですよ。」
「誤解を解くチャンスは?」
「すぐにサークルも辞めちゃって。話す機会もないまんま僕が卒業で・・・」
「しょっぱいですね。」
「すみません。お願い事した帰りにこんな話で。」
「で、誘ってくれた人とは?」
「ああ、本当に友達と思ってたんですけど、期待もたせてたんですね。
改めて告白されたんですけど、断りました。」
「やっぱり・・・後輩さんが?」
「ええ・・・・まあ。」
「・・・・・また会えたらいいですね。」
努めて冷静に、震えそうになる指で、助手席の後ろにある運転手の氏名が明記された乗車票をそっと取り出した。

目をこらして、運転手の顔をじっと見つめる。
懐かしいあの顔。
「だから・・・この仕事やってるって訳じゃないんですけど。 いつか偶然何処かの道で会えたらいいなって・・・・。」
「先輩、やっと会えましたね。」
「・・・・・え」
私はお守りを、ぎゅっと握りしめながら、先輩とのこれからの長い「ドライブ」を思い描いた。
終わり。