- そこは駅のホーム。
- 女
- もうすぐだね・・・。
- 男
- え、電車?
- 女
- 桜。
- 男
- 桜?
- 女
- ほらこっち。ここから桜の木が見下ろせるの。知ってた?
- 男
- おー、桜の頭のてっぺんが丸見えだ。
- 女
- 桜の「頭」?
- 男
- 頭。
- 女
- 桜に手とか足とかあるわけ?
- 男
- 幹が足で、枝が手。
- 女
- 顔は?
- 男
- 顔は・・・桜の花?
- 女
- 顔がいっぱいってこと。
- 男
- そ、顔がうじゃうじゃ。
- 女
- やだ。それじゃ花が散ったら桜はずっと「顔なし」ってことになっちゃわない?
- 男
- んー、次は葉っぱが顔になる、とか。
- 女
- なるほど。
- 男
- な、あそこ見て、顔が一つほころんでる。
- 女
- ほんとだ・・・。
- 男
- 次の電車、8分だっけ。飲み物とか買っとかなくていい?
- 女
- きっと笑ってるね。
- 男
- え?
- 女
- 桜の顔。笑ってるの。笑いながら生まれて、笑いながら散ってくの。
- 男
- それはちょっとセツないなぁ。
- 女
- 散らないと次の季節が始まらないんだし。
- 男
- ・・・そうなんだろうけどさ。
- 女
- あれ、ひょっとしてメソメソしてる?
- 男
- 俺たち夫婦の歴史が全部この町にあるんだなって。
- 女
- 馴染みの美容院もあるし、お隣のイマイちゃんとはツーカーだし、ハタヒロ内科の大先生(おおせんせい)は、夫婦そろってお世話になった・・・。
- 男
- ゼンさんのモダン焼き、最高だった。
- 女
- 明日香のママが淹れてくれる珈琲も。
- 男
- 明日香のチーズトーストがこれまた美味いんだ・・・。
- 女
- やめよ。
- 男
- すげえ好きだったでしょ、チートー(チーズトースト)。
- 女
- うん。でもきっと新しい町にも、ここと同じじゃないけど、面白い店や、あったかい人や、ホッとする風景がある。きっとあるよ。
- 男
- 俺たちの新しい季節。
- 女
- すんげー寒いってことだけは確かだけどね。
- 男
- 心にブリザードが吹くってか?
- 女
- いやいや心の風景じゃなくて。実際この町より随分と北上するから。
- 男
- 不動産屋の兄ちゃん、桜咲くの5月とか言ってたもんな。
- 女
- 今日、見れてよかった。
- 男
- 一つだけだけど。
- 女
- ・・・さよなら、さよなら、さようなら~!!!
- 男
- (小声で)おい。なにやってんの。
- 女
- 町にご挨拶。
- 男
- 駅員さんこっち見てるよ。
- 女
- えへへ(満足そうに)すっきりした。やってみれば?
- 男
- え俺?俺は遠慮しとく。
- 女
- あ、そう。じゃあ私お茶買ってこよっかな。
- 男
- え、いや、あの、待って、ああ、どうしよ・・・。
- 女
- なによ。
- 男
- (町にむかって)さようなら~、ありがとう、いってきまーす!!!
- 女
- あ、駅員さんこっち来た。
- 男
- うそまじ。
- 女
- うっそー。
- 男
- もう、なに。
- 女
- ・・・行こっか。
- 男
- うん。
- 終わってまた始まる