そこは駅のホーム。
もうすぐだね・・・。
え、電車?
桜。
桜?
ほらこっち。ここから桜の木が見下ろせるの。知ってた?
おー、桜の頭のてっぺんが丸見えだ。
桜の「頭」?
頭。
桜に手とか足とかあるわけ?
幹が足で、枝が手。
顔は?
顔は・・・桜の花?
顔がいっぱいってこと。
そ、顔がうじゃうじゃ。
やだ。それじゃ花が散ったら桜はずっと「顔なし」ってことになっちゃわない?
んー、次は葉っぱが顔になる、とか。
なるほど。
な、あそこ見て、顔が一つほころんでる。
ほんとだ・・・。
次の電車、8分だっけ。飲み物とか買っとかなくていい?
きっと笑ってるね。
え?
桜の顔。笑ってるの。笑いながら生まれて、笑いながら散ってくの。
それはちょっとセツないなぁ。
散らないと次の季節が始まらないんだし。
・・・そうなんだろうけどさ。
あれ、ひょっとしてメソメソしてる?
俺たち夫婦の歴史が全部この町にあるんだなって。
馴染みの美容院もあるし、お隣のイマイちゃんとはツーカーだし、ハタヒロ内科の大先生(おおせんせい)は、夫婦そろってお世話になった・・・。
ゼンさんのモダン焼き、最高だった。
明日香のママが淹れてくれる珈琲も。
明日香のチーズトーストがこれまた美味いんだ・・・。
やめよ。
すげえ好きだったでしょ、チートー(チーズトースト)。
うん。でもきっと新しい町にも、ここと同じじゃないけど、面白い店や、あったかい人や、ホッとする風景がある。きっとあるよ。
俺たちの新しい季節。
すんげー寒いってことだけは確かだけどね。
心にブリザードが吹くってか?
いやいや心の風景じゃなくて。実際この町より随分と北上するから。
不動産屋の兄ちゃん、桜咲くの5月とか言ってたもんな。
今日、見れてよかった。
一つだけだけど。
・・・さよなら、さよなら、さようなら~!!!
(小声で)おい。なにやってんの。
町にご挨拶。
駅員さんこっち見てるよ。
えへへ(満足そうに)すっきりした。やってみれば?
え俺?俺は遠慮しとく。
あ、そう。じゃあ私お茶買ってこよっかな。
え、いや、あの、待って、ああ、どうしよ・・・。
なによ。
(町にむかって)さようなら~、ありがとう、いってきまーす!!!
あ、駅員さんこっち来た。
うそまじ。
うっそー。
もう、なに。
・・・行こっか。
うん。
終わってまた始まる