- ラジオの電波音、波の音にも似て。
それはありもしない浜辺。
言葉が打ち上げられる海岸。
言葉の海。
言葉の波。
それはラジオの電波音にも似て。
- 旅人
- …いくつ、話しましたっけ?
- 迷人
- 100と、8つ、くらいじゃない?
- 旅人
- そんなに話しましたか。
- 迷人
- つっまんない話ばっかりよくそんなに出来るよね。
- 旅人
- 物語がトランクの中に積み重なっていくのは、旅人の特権です。
- 迷人
- 暇つぶしには、なったけどねー…焼きそばのおかわりは?
- 旅人
- いえ、もう十分。
- ザ、と波の音。
ザクと砂浜に足音。
小瓶のコルクを抜いた音。
旅人が、打ち寄せる波にその小瓶を沈めて、
海水をすくいとる。
- 迷人
- 小瓶につめてんの?
- 旅人
- え。もうそろそろ出発しようかと思いますので。
- 迷人
- もう行っちゃうの?
- 旅人
- え。十分休息出きましたので。
- 迷人
- つっまんないの。焼きそば480円でーす。毎度ありー。
- 旅人
- ここでのことも、私のトランクの中にひとつ詰め込んで行きます。
- 迷人
- こんなとこ、お話にもならないのに。
- 旅人
- そんな。
- 迷人
- だぁれも来ないしさぁ。
- 旅人
- ここほど物語がよせて返す場所はないでしょう。
- 迷人
- 面白がってるのはお宅くらいじゃないの?
- 旅人
- 見てください。
- 迷人
- ん?
- 旅人
- 小瓶に詰められた、
- 迷人
- 海水でしょ?
- 旅人
- よく見てください。小瓶の海、波の間に間に漂う、言葉たちばかり。
- ザ、ザザ
波の音は電波音にも似て。
- 旅人
- 寄せては返す、言葉ばかり。
- 電波音の間に間に、
あらゆる物語が顔を見せる。
- 旅人
- 砂浜の粒は、言葉の粒。
- ザザザ、チャプンと旅人の黒いブーツを濡らす。
- 旅人
- ここは、物語が打ち上げられる場所だったんですね。物語以外は、何もない誰もいない…
- 迷人
- は。冬の海なんてそりゃ誰もいないわよ。海の家なんて商売やるんじゃなかったなぁ。
- 旅人
- あなたも、また…
- 迷人
- でも冬でもさ、たまに来るのよ。お宅みたいな珍客が。だから閉めるに閉められないのよ。
- 旅人
- 物語の、言葉なんですね。
- 迷人
- へ?…なぁに?どういう意味…
- 迷人が言葉を続けようとすると、
ザァァァァァ
波が寄せて、
ザァァァァァ
返す
迷人は波にさらわれる
言葉の海へと
還っていく。
ひいた波のアトには湿った砂浜。
しんと静まり返った冬の海。
波の音だけがする。
浜辺には、旅人の姿しかない。
- 旅人
- 世界の果てには、果てない言葉が打ち上げられる海岸がありました。
- ザザザザ
波は永遠を繰り返す。
- 旅人
- …これもまた、物語です。
- ザザザザ
波は一瞬を繰り返す。
- 旅人
- さて。旅を続けましょうか。
- 旅人はトランクを持つ。
物語が詰まったトランクは重い。
ザクザクと、言葉たちの砂浜を後にする。
- おしまい