- ローカル線
列車の中
- 男
- 何か、急にヒンヤリして来たね
- 女
- この辺は盆地だから。冬は底冷えが酷くて。やっぱカイロいるでしょ?
- 男
- いるね、コレは(と、苦笑)
- 女
- はい(と、カイロを渡す)
- 男
- ありがと。アア(と、かじかんだ手がほぐれる)。ゆきちゃんは、寒くないの?
- 女
- いや、寒いけど、慣れた。生まれた時からこの環境だから
- 男
- ああ、18年住んでたら慣れるか…(歯がガチガチ&体が震える)
- 女
- ちょっと、そんなに!?
- 男
- いや、コレは、緊張。ご両親になんて挨拶しよっかなって
- 女
- 悩むことないって。普通に「結婚します」でいいじゃん
- 男
- そうは言ってもなあ、いざとなると…ハア(カイロで口元を温める)
- 女
- あ、そういえば、象の話って、したっけ
- 男
- 象?
- 女
- 象の話
- 男
- 動物の象?
- 女
- うん。うちの村には、しきたりがあって、結婚する時、花婿は象に踏まれるっていう…この話、したよね?
- 男
- いやいや、してない
- 女
- あ、してなかった?
- 男
- え、何? 踏まれる?
- 女
- 村長がね、象を飼ってるんだけど、結婚祝賀会の時、花婿はうつ伏せになって、象様に背中を踏んでもらうっていう、古くから伝わる儀式があるの
- 男
- 花婿、死ぬよね
- 女
- いや、ゆっくり踏むから大丈夫。踏んでもらうと健康になれるから
- 男
- え? それは、村出身の花婿の話だよね? 俺は関係ないよね?
- 女
- いや、私が村出身だから、和也も踏んでもらえるから。大丈夫
- 男
- いやいや、大丈夫じゃないよ? 象だよね? あの、でっかい象だよね?
- 女
- アレだよ? 全力で踏まれるわけじゃないよ? 前足を軽く背中に当てるような感じ
- 男
- うん、でも、相手は動物じゃん? 力加減、分かんないじゃん?
- 女
- いや、今まで何度も見て来たけど、すごく大人しい象だから。心配ないって
- 男
- え、それは、強制?
- 女
- え、何? 踏まれたくないの?
- 男
- いやあ、踏まれたく…ないよね
- 女
- 象、嫌い?
- 男
- いや、好きとか嫌いとかじゃなくて、踏まれたくないよね
- 女
- 健康になれるんだよ?
- 男
- 象に踏まれたらどこか絶対悪くなる気がするんだよ
- 女
- そういうこと、親の前で絶対言っちゃダメだよ。結婚許してもらえなくなるから
- 男
- マジで?
- 女
- というか、私に対する気持ちって、そんなもんだったのね…何かショック
- 男
- いやいや、ゆきちゃんのことは好きだよ。結婚したいと心から思ってる。でも、象に踏まれるのはまた話が違う。はっきり言って勘弁してほしい
- 沈黙
枕木の音が響く
遠くから象の雄叫びが聞こえて来る
- 女
- もうすぐ着くよ
- 男
- あのさ
- 女
- 何?
- 男
- 村長さんの象って大人しいんだよね
- 女
- うん、だから心配ないよ
- 再び、象の雄叫びが聞こえて来る
- 男N
- 俺は象を愛することが出来るだろうか―
- 終