- ドローン。と、ランプの精が出てきた時のような、音がする。
- 男
- ……唐突、ですね。
- 妖精
- はい、唐突、です。
- 男
- ……はい。
- 妖精
- 私はランプシェードの妖精。あなたさっき、このランプシェードをこすったでしょ?
- 男
- 掃除、してましたから。
- 妖精
- 呼び出してくれてありがとう。今から3つ、何でも願いを叶えてあげます。
- 唐突に、語り。
- 男
- 確かに、僕のマンションは古い洋館みたいな造りだった。部屋の前には、誰も掃除したことがないような、古ぼけた電灯があった。越してきて2年半、僕はそれに明かりが付いたのを見たことがなかった。少しだけ、かわいそうって思ったんだ。だから、雑巾でドアを拭いたついでに、真っ黒になった電灯のカサをちょっとだけ、拭いてやっただけなのに。
- 唐突に、トイレの中。カラカラと、トイレットペーパーがなくなった音が。
- 妖精
- ないですね、紙。
- 男
- こんなとこまでついてくるんだ。
- 妖精
- 欲しいですか? 紙。
- 男
- いいよ、ポケットティッシュ、あるし。
- 水を流す音。
- 妖精
- 彼は、とにかく無欲だった。堅実だしまじめだし、酒もタバコもギャンブルもしない。たった一匹だけ、ペロという名の子犬を飼って、地味に暮らす、地味な青年だった。
- 色々な、ある日が交錯する。
- 妖精
- 宝くじ、当てたくないですか?
- 男
- 僕、貯金あるし。
- 妖精
- 高級車欲しくないですか?
- 男
- 免許持ってないし。
- 妖精
- モテたくないですが?
- 男
- 人見知りだし。
- 妖精
- 空飛びたくないですか?
- 男
- 高所恐怖症だし。
- 妖精
- 無欲にもほどがある、と、仲間たちは口々に言った。そうして、一度も彼の願いを叶えることなく、8年の月日が流れた。
- 唐突に、中年になった男。
- 男
- 頼みたい事があるんだ。
- 妖精
- 今、なんて?
- 男
- 頼みたい事があるんだ。
- 妖精
- 何でしょう!
- 男
- ペロと、話がしたいんだ。
- 妖精
- ペロって、犬の、ペロ?
- 男
- 元気がないんだ、病気かもしれない。どこか痛いとこないか、聞いてあげなくちゃ。
- 願いがかなう、音。
- 男
- ペロはもうおじいちゃんだった。その晩、僕とペロは遅くまで語り合った。翌日、ペロにお迎えがきた。でも、僕もペロも幸せだった。ランプシェードの彼女は、ずっと一緒にいた。それからも僕は、何も望まなかった。気が付くと、僕がランプシェードをこすってから、ちょうど60年の月日が流れていた。
- 唐突に、老人になった男。
- 男
- 頼みたい事があるんだ。きみと手を、つないでみたい。
- 願いがかなう、音。
- 妖精
- あと一つ、叶いますよ。
- 男
- 十分だよ。
- 妖精
- でも。
- 男
- 60年間、きみは僕のそばにいてくれた。寂しいと感じることは、ただの一度もなかった。十分だよ。
- 男、息を引き取る。
- 妖精
- 3つの願いを全て叶えることなく、この世からいなくなった人は彼が初めてだった。私の手元には、あと一つ、彼の願い事が叶う、権利だけが残された。実は、少し嬉しかった。これを手渡す口実に、彼が転生して、またここに戻ってくるのを、待てるのだから。
- おわり。