- 古い時計のひとつが、ボーンと鳴る。
他にも時計、それはチクタクと秒針が進んでいる。
古いガラクタばかりが並ぶ店。
ガラガラ、古い引き戸。
店の奥から、カンナで木を削るような音がする。
シュシュ、シュシュ。
- 少女
- こんにちは…
- 返事はない。
- 少女
- …すいませーん…
- 返事はない。
- 少女
- 人形を、探してるんですけど…むかしの、あ…
- 店の奥に、一人の老人。
- 老人
- 人形?
- 少女
- あ、はい。古い、こう横にすると目を閉じて、唇がとんがってて、哺乳瓶の先当てられるようになってる、もう、古いの。
- 老人
- ああ…
- 少女
- ありますか?このお店だったらあるかもって教えてもらって。
- 老人
- ないね。
- 少女
- …そう、ですか。
- シュシュ、シュシュ、老人は作業の手を止めない。
- 少女
- なに、つくってるんですか?
- 老人
- 人間。
- 少女
- は?
- 老人
- 見るかい?
- ギィ、と老人が椅子から立ち上がる。
- 女
- ガラクタ屋の主人は、店の奥のカーテンを開けた。古い椅子と、机。
その椅子にだらりと座らされている、女が一人。
それは人間ではなくて、それは精巧な人形だった、と、思う。
風邪をひいた人形。だって、彼女は、マスクをしていた。
- 老人
- まだ未完成でね。
- カチコチ、店の時計が少女を不安にさせる。
- 老人
- どこもかしこも本物と同じように設計したのに。なぜか。唇だけは人間のそれそのものには近づけなくて、いや、人形を作りたかったわけじゃなく、人間を作りたかったんだ、ねぇ。
- 少女
- …でも、今のままでも、本物の人間みたい、ですよ…?
- 老人
- だめなんだ。今にも、言葉をこぼれおとしそうな、そんな唇にしたい。今にも喋りそうな、
- 少女
- でも人形だから、喋ったりしないでしょう?絶対に。
- 老人
- 分からないよ。本物みたいな唇なら、もしかしたら喋り出すかもしれない。
- 少女
- あるわけないわそんなの。
- ふふふ、と少女が笑い続ける。
- 老人
- 妻のね、姿なんだ。
- 少女
- つま?
- 老人
- 大事な人ってことだね。
- 少女
- へぇぇ。
- 老人
- ちょっと、よく見せてくれないか?
- 少女
- は?
- 老人
- 君の、唇。ずいぶんと妻に似ているかもしれない。
- 少女
- え…?
- ガラクタ屋の古時計が、一斉に鳴り響く。
少女の足音。
息遣い。
少女の足取りは、逃げる足音。
- 女
- 夢だったのかもしれない。懐かしい町に戻ってきてふと気になるそのガラクタ屋は、昔と変わらず同じ場所にあった。
- カチコチと、古い時計の秒針。
そして、シュシュ、シュシュ。
- 女
- こんにちは、と確かめてみようか。
- シュシュ、シュシュ。
- 女
- 曖昧な、夢のような記憶のままにしておこうか。
- シュシュ、シュシュ、
いつまでも、人形を作る音が聞こえ続ける。
- おしまい。