ガラガラと引き戸の開く音。
こんばんは。
シーンと静まった店内。
ごめんください・・・・誰か居ませんか?
なに?今、飯食ってんだけど。
なにって、あの、ここで、なんて言うか・・・貸してくれるって聞いて。
ああ。今日はもう店じまい。そこに準備中って札かけてあったろ。
かけてたけど。
そういうこと。また違う日に出なおしとくれ。
そんなに簡単に門前払いしないでよ。
だって仕方がないだろ。みんな出払ってんだし。
予約は?
え?
予約して帰るわ。今度来てまた誰もいないんじゃ困るもの。
予約は無理。出直しとくれ。
なんなのそれ。
なに。
ちょっと変わった商売だからって傲慢になってんじゃない?
傲慢もなにも、どうしようもねえんだって。
私が、どんな思いでここまで来たか。
あーあ、湯豆腐が冷めちまうよ。
嘘なんでしょ。
なにが?
ユーレーなんか居ないのね。そうよそういうことなのよ。私騙されたのね・・・。
おいおい、じゃあ俺はここで何を生業(なりわい)にしてるってんだ?
それなら明日も来るから、一人お取り置きしてよ。
お取り置きって、物じゃねーんだぞユーレーは。
それくらいやんなさいよ、商売なんでしょ。
縁(えん)がないと仕方がねえんだよ。
縁?
そ。ユーレーってもんは、未練や執着があるからこの世に居るんであってな、その力を利用するわけだから、縁がなけりゃあんたとは出会えねえわけだ。
よくわかんない。
例えば、あんたをソデにした男に復讐したくて、それをユーレーに頼みたいとしよう。
え、なんでわかったの?
別に当てずっぽ言っただけだ。
ふうん・・・。
ってことは、男に恨みをもってるユーレーでないと、あんたの頼みは聞けないだろ。
そんなユーレーが居ないの?
四人居るが、一人が昨日めでたく成仏しちまって、一人は、家賃を納めねえって店子(たなこ)の部屋へ出て欲しいと大家が借りてって、一人は出先でネコをけしかけられて療養中だし、あと一人は・・・。
要は居ないってことなんでしょ。
そ。
でも「居る」「居ない」ってのと、縁が「有る」「無い」ってのと別じゃないの?
だろ、そう思うだろ。ところがどっこい、たとえ出先に居たって、自分と波長の合う、つまり縁の深い人間がここに現れると、磁石みてーに引っ張られるわけだ。
引っ張られると?
なにしろユーレーだろ、一瞬こっちに戻って「その依頼、あたいが引き受けるわ」なーんて言って、また消えるって寸法さ。
・・・わかったわ。
まあ、こっちもユーレー社員を増やすよう今、動いてるし。また、何日かしてから来てみてよ。
それじゃ、また来るから。
女、引き戸を開け、出て行った。
・・・帰ってったよ・・・ちょっとミチエさん、なんで嫌だったの?・・・男を脅すってったらミチエ姉さんの得意分野でしょうよ。え?・・・あんな気のキツイ女、ソデにしたくもなるって・・・ははは、確かに。ユーレーより人間のほうがよっぽど怖えもんな。だから俺はユーレーと仕事やってんだけど。おっと、いけねえいけねえ、湯豆腐が冷めちまうよ。
終わってまた始まる