- ガラガラと引き戸の開く音。
- 女
- こんばんは。
- シーンと静まった店内。
- 女
- ごめんください・・・・誰か居ませんか?
- 男
- なに?今、飯食ってんだけど。
- 女
- なにって、あの、ここで、なんて言うか・・・貸してくれるって聞いて。
- 男
- ああ。今日はもう店じまい。そこに準備中って札かけてあったろ。
- 女
- かけてたけど。
- 男
- そういうこと。また違う日に出なおしとくれ。
- 女
- そんなに簡単に門前払いしないでよ。
- 男
- だって仕方がないだろ。みんな出払ってんだし。
- 女
- 予約は?
- 男
- え?
- 女
- 予約して帰るわ。今度来てまた誰もいないんじゃ困るもの。
- 男
- 予約は無理。出直しとくれ。
- 女
- なんなのそれ。
- 男
- なに。
- 女
- ちょっと変わった商売だからって傲慢になってんじゃない?
- 男
- 傲慢もなにも、どうしようもねえんだって。
- 女
- 私が、どんな思いでここまで来たか。
- 男
- あーあ、湯豆腐が冷めちまうよ。
- 女
- 嘘なんでしょ。
- 男
- なにが?
- 女
- ユーレーなんか居ないのね。そうよそういうことなのよ。私騙されたのね・・・。
- 男
- おいおい、じゃあ俺はここで何を生業(なりわい)にしてるってんだ?
- 女
- それなら明日も来るから、一人お取り置きしてよ。
- 男
- お取り置きって、物じゃねーんだぞユーレーは。
- 女
- それくらいやんなさいよ、商売なんでしょ。
- 男
- 縁(えん)がないと仕方がねえんだよ。
- 女
- 縁?
- 男
- そ。ユーレーってもんは、未練や執着があるからこの世に居るんであってな、その力を利用するわけだから、縁がなけりゃあんたとは出会えねえわけだ。
- 女
- よくわかんない。
- 男
- 例えば、あんたをソデにした男に復讐したくて、それをユーレーに頼みたいとしよう。
- 女
- え、なんでわかったの?
- 男
- 別に当てずっぽ言っただけだ。
- 女
- ふうん・・・。
- 男
- ってことは、男に恨みをもってるユーレーでないと、あんたの頼みは聞けないだろ。
- 女
- そんなユーレーが居ないの?
- 男
- 四人居るが、一人が昨日めでたく成仏しちまって、一人は、家賃を納めねえって店子(たなこ)の部屋へ出て欲しいと大家が借りてって、一人は出先でネコをけしかけられて療養中だし、あと一人は・・・。
- 女
- 要は居ないってことなんでしょ。
- 男
- そ。
- 女
- でも「居る」「居ない」ってのと、縁が「有る」「無い」ってのと別じゃないの?
- 男
- だろ、そう思うだろ。ところがどっこい、たとえ出先に居たって、自分と波長の合う、つまり縁の深い人間がここに現れると、磁石みてーに引っ張られるわけだ。
- 女
- 引っ張られると?
- 男
- なにしろユーレーだろ、一瞬こっちに戻って「その依頼、あたいが引き受けるわ」なーんて言って、また消えるって寸法さ。
- 女
- ・・・わかったわ。
- 男
- まあ、こっちもユーレー社員を増やすよう今、動いてるし。また、何日かしてから来てみてよ。
- 女
- それじゃ、また来るから。
- 女、引き戸を開け、出て行った。
- 男
- ・・・帰ってったよ・・・ちょっとミチエさん、なんで嫌だったの?・・・男を脅すってったらミチエ姉さんの得意分野でしょうよ。え?・・・あんな気のキツイ女、ソデにしたくもなるって・・・ははは、確かに。ユーレーより人間のほうがよっぽど怖えもんな。だから俺はユーレーと仕事やってんだけど。おっと、いけねえいけねえ、湯豆腐が冷めちまうよ。
- 終わってまた始まる