- キィ、バタン
と診療所の扉が開け放たれた。
- 先生
- 次の方どうぞー。
- 患者
- 先生。
- 先生
- はい、その顔、風邪ね?
- 患者
- 違います。
- 先生
- じゃあ腹痛ね。クスリ出しときますから。
- 患者
- 全く違います。
- 先生
- それじゃ何がいい?
- 患者
- きちんと診察してください。
- 先生
- 実はこれも診察のうちなんですの。
- 患者
- 悪夢を見るんです。足の爪から真っ黒な髪の毛が生えたり、足のスネに爪がうろこのように生えたり、少女がのこぎりで自分の口を横にギコギコと切り裂いていたり、少年が手榴弾を口に放り込まれて爆死する夢だったり、とにかく、悪夢しか見たことがないんです。
- 先生
- 分かりました。とりあえず脳に溜まっている悪夢を取りのぞきますから。
- 患者
- は!?
- 先生
- はい、頭蓋骨を電動ドリルで穴を開けて悪夢を搾り出しますね。
- 患者
- はいぃ!?
- ドリドリドリドリと、鈍い音がする。
患者は思わず叫んだ。
次の瞬間、
キィ、バタン
と診察所の扉が開け放たれた。
- 先生
- 次の方どうぞー。
- 患者
- 先生。
- 先生
- はい、その顔、悪夢ね。
- 患者
- そうです。毎晩悪夢にうなされます。
- 先生
- 内臓から来てますね。
- 患者
- え?
- 先生
- まず内臓に溜まった悪夢を取り除きますから。
- 患者
- え、だって夢は脳で見るものでしょう?
- 先生
- いいえ、人は心臓で夢を見るんです。
- 患者
- 初耳です。
- 先生
- あたしも始めて知りました。
- 患者
- 大手術になるでしょうか?
- 先生
- いいえ、今すぐ済ませます。ライフル準備しまーす。
- 患者
- は!?
- 先生
- 打ち抜いて悪夢を取り除きます。
- 患者
- はい!?
- ライフルから放たれる数十発の銃弾。
患者は思わず叫んだ。
次の瞬間、
キィ、バタン
- 患者
- という、悪夢を、毎晩、毎晩、見るんです。
- 先生
- …なるほどね。
- 患者
- 先生、僕の頭はどうにかなってしまっているんでしょうか?
- 先生
- うーん…
- 患者
- あらゆる病院に通いました。精神科だって、心療内科だって、どこも異常なし。だけど毎晩うなされる。毎晩ワケの分からない夢を見る。うなされる。
- 先生
- で、ウチにたどり着いたわけだ。
- 患者
- はい。睡眠外来なんて、全国にもここだけでしょう?
- 先生
- そんな馬鹿な、みたいな名前で、ギャクかと勘違いされるのよ。
- 患者
- だけど先生にすがるしかないんです、もう。
- 先生
- 職業なぁに?
- 患者
- は?えー…、銀行員、です、けど…?
- 先生
- たまに小説でも書いてみたら?
- 患者
- はい!?や、や、先生、僕、かなり悩んでいるんです。
- 先生
- だから、小説とか、あ、絵画とかでもいいけど?音楽だっていいし。
- 患者
- ちょ、何言ってるんですか?
- 先生
- 悪夢って言うけど、悪いだけじゃないから。
- 患者
- は?
- 先生
- 悪夢の源はね、何か知ってる?創造よ。クリエイティブよ。
- 患者
- 悪夢、なのに?
- 先生
- そ。悪いナニか、じゃないの。悪いことを想定して夢を見る、その想像力よ。
- 患者
- …は?
- 先生
- どこも悪くない。ただ、脳みそがクリエイティブしたくてウズウズしてるだけよ。
- 患者
- 僕 僕が…?こんな、フツーの、僕が?
- 先生
- 悪夢が、クリエイティブの証拠よ。
- キィ、バタン
診療所の扉が閉められた。
- 患者
- 悪夢が、少し、嫌じゃなくなった。僕は単純だ。
- おしまい