イーーーーーー、ハァッッッ!!!
まるで真珠のネックレスが切れて、何十個という真珠がバラバラと床に散らばる。
ような音がした。まるで。それそのものの、音。
バラバラ。
姉がまたブチ切れた。
ふぅと、弟は小さな溜息。
僕は溜息をついて、ちりとりと箒を取り出す。
ざ、ざ、ざ、ざ、と床を吐く。
家のリビングのフローリングのホコリと一緒に、
ざ、ざ、ざ
コロコロコロコロカラコロコロコロ
ざ、ざ、ざ
姉をちりとりへと追いやる。
ざ、ざ、ざ
コロコロコロねぇコロコロ。
ブチ切れてバラバラになった姉を、ちりとりへ。掻き集めるのだ。僕は1週間に一度は姉をこうやって箒で掃いてちりとりに集める。姉は、ブチ切れると、そう文字通り、ブチブチの小さな、まるで真珠のネックレスが飛び散ったように、姉の身体は球状になって床に散らばる。
ざ、ざ、ざ
ねぇ。
部屋の四方八方から、
ねぇ、
ねぇ、
ねぇ、
姉さん、いい加減にしてくださいよ。
だって、
だって、
だって、
飛び散った姉は、つるんとした球体。キレイな肌色の球体。部屋いっぱいに姉のカケラ。細胞のように、それぞれの姉が、勝手にイッセイに口開く。
ヤンなるわ。
ブチ切れないように、
心がけて、
生きてるのに、
社会が悪いの。
会社が悪いの。
男が悪いの。
だからって人はこんなバラバラと弾けませんよ。
仕方ないのよ、
あたしのこんな体質。
医者もサジ投げて、
そのサジ、ガラパゴス諸島まで飛んでったんだから。
新たな進化論かもしれませんけど。
ちょっと、ソファの下にまだ残ってるわよ。
え!?
一粒残さず集めてくれなきゃ、
モトに戻れないだから、
もっと気ィ使いなさいよね。
ほら、ベッドの隙間に
転がってる、
私の右目。
左のクルブシも、
肩甲骨のさっきっちょも、
ざ、ざ、ざ
飛び散った姉の身体のカケラを集めて、ぎゅうぎゅうとおにぎりを握るように、手に力をこめて固める。僕は立体ジグソーをする。どこにどのピースが来るか。足元から少しづつ、姉の姿を取り戻してあげる。姉は短気な性格だから、毎日はじけ飛ぶ。そしてこれが僕の日課。
もういやだわ。
毎日まいにち。
こんな身体じゃ、
お嫁に行けないし、
そんなことより、ああ。
あんたほど熱心に
私のカケラを探せる旦那を
どうやって探すのかが問題ね。
それに
毎日まいにち。
こんなことしてたら、
あんたの婚期も、
逃しちゃう。
いいことないわ。
いいんだよ。僕はちっとも迷惑じゃないし、それどころか、こんな毎日が理想だよ。だって、姉さん。僕らは、この世にたった二人しかいない、姉弟なんだから。
ざ、ざ、ざ
ざ、ざ、ざ、
ざ、ざ、ざ、
弟は箒で床を掃く
ざ、ざ、ざ
ざ、ざ、ざ、
ざ、ざ、ざ、
その音はやがて二人が聞いた海の波の音になる。
ざ、ざざ、ざざざ、
遠い昔に聞いた
身体の中の海の音になる。
二人はその体内の海で
たゆたっていた。
ざ、ざ、ざ、
ざ、ざ、ざ、
ざ、ざ、ざ、
弟は延々と、はき続ける。
おしまい