- 姉
- イーーーーーー、ハァッッッ!!!
- まるで真珠のネックレスが切れて、何十個という真珠がバラバラと床に散らばる。
ような音がした。まるで。それそのものの、音。
バラバラ。
- 弟
- 姉がまたブチ切れた。
- ふぅと、弟は小さな溜息。
- 弟
- 僕は溜息をついて、ちりとりと箒を取り出す。
- ざ、ざ、ざ、ざ、と床を吐く。
- 弟
- 家のリビングのフローリングのホコリと一緒に、
- ざ、ざ、ざ
- 姉
- コロコロコロコロカラコロコロコロ
- ざ、ざ、ざ
- 弟
- 姉をちりとりへと追いやる。
- ざ、ざ、ざ
- 姉
- コロコロコロねぇコロコロ。
- 弟
- ブチ切れてバラバラになった姉を、ちりとりへ。掻き集めるのだ。僕は1週間に一度は姉をこうやって箒で掃いてちりとりに集める。姉は、ブチ切れると、そう文字通り、ブチブチの小さな、まるで真珠のネックレスが飛び散ったように、姉の身体は球状になって床に散らばる。
- ざ、ざ、ざ
- 姉
- ねぇ。
- 部屋の四方八方から、
- 姉
- ねぇ、
- 姉
- ねぇ、
- 姉
- ねぇ、
- 弟
- 姉さん、いい加減にしてくださいよ。
- 姉
- だって、
- 姉
- だって、
- 姉
- だって、
- 弟
- 飛び散った姉は、つるんとした球体。キレイな肌色の球体。部屋いっぱいに姉のカケラ。細胞のように、それぞれの姉が、勝手にイッセイに口開く。
- 姉
- ヤンなるわ。
- 姉
- ブチ切れないように、
- 姉
- 心がけて、
- 姉
- 生きてるのに、
- 姉
- 社会が悪いの。
- 姉
- 会社が悪いの。
- 姉
- 男が悪いの。
- 弟
- だからって人はこんなバラバラと弾けませんよ。
- 姉
- 仕方ないのよ、
- 姉
- あたしのこんな体質。
- 姉
- 医者もサジ投げて、
- 姉
- そのサジ、ガラパゴス諸島まで飛んでったんだから。
- 弟
- 新たな進化論かもしれませんけど。
- 姉
- ちょっと、ソファの下にまだ残ってるわよ。
- 弟
- え!?
- 姉
- 一粒残さず集めてくれなきゃ、
- 姉
- モトに戻れないだから、
- 姉
- もっと気ィ使いなさいよね。
- 姉
- ほら、ベッドの隙間に
- 姉
- 転がってる、
- 姉
- 私の右目。
- 姉
- 左のクルブシも、
- 姉
- 肩甲骨のさっきっちょも、
- ざ、ざ、ざ
- 弟
- 飛び散った姉の身体のカケラを集めて、ぎゅうぎゅうとおにぎりを握るように、手に力をこめて固める。僕は立体ジグソーをする。どこにどのピースが来るか。足元から少しづつ、姉の姿を取り戻してあげる。姉は短気な性格だから、毎日はじけ飛ぶ。そしてこれが僕の日課。
- 姉
- もういやだわ。
- 姉
- 毎日まいにち。
- 姉
- こんな身体じゃ、
- 姉
- お嫁に行けないし、
- 姉
- そんなことより、ああ。
- 姉
- あんたほど熱心に
- 姉
- 私のカケラを探せる旦那を
- 姉
- どうやって探すのかが問題ね。
- 姉
- それに
- 姉
- 毎日まいにち。
- 姉
- こんなことしてたら、
- 姉
- あんたの婚期も、
- 姉
- 逃しちゃう。
- 姉
- いいことないわ。
- 弟
- いいんだよ。僕はちっとも迷惑じゃないし、それどころか、こんな毎日が理想だよ。だって、姉さん。僕らは、この世にたった二人しかいない、姉弟なんだから。
- ざ、ざ、ざ
ざ、ざ、ざ、
ざ、ざ、ざ、
弟は箒で床を掃く
ざ、ざ、ざ
ざ、ざ、ざ、
ざ、ざ、ざ、
その音はやがて二人が聞いた海の波の音になる。
ざ、ざざ、ざざざ、
遠い昔に聞いた
身体の中の海の音になる。
二人はその体内の海で
たゆたっていた。
ざ、ざ、ざ、
ざ、ざ、ざ、
ざ、ざ、ざ、
弟は延々と、はき続ける。
- おしまい