- リビング(音楽がかかっている)
- 夫
- オチが浮かばない。いいオチが浮かばない!
- 妻
- そのラジオドラマは、何分あるの?
- 夫
- 3分
- 妻
- 3分だったら、別にオチが無くてもいいんじゃない?
- 夫
- 3分だから、オチがいるんだよ。あっと驚くオチが必要なんだ
- 妻
- 誰が言ったの? 必要って
- 夫
- 誰も言ってないけど、必要だと思うんだよ
- 妻
- でも、変に気を衒うよりさあ、人間描写とかメッセージ性を打ち出せば、オチが無くても、いい作品にはなるんじゃない?
- 夫
- え、じゃあ、例えば、何でもない夫婦の会話だけで、終わっていいと思う?
- 妻
- いいんじゃない? え、例えば、どんな会話?
- 夫
- 例えば、オチが浮かばなくて悩む夫と、その相談に乗る妻の会話
- 妻
- 相談しているだけで終わっていいんじゃない?
- 夫
- よくないだろ。リスナーは「おい、何だったんだよっ」ってなるぞ?
- 妻
- 「何だったんだよ」ってならないように作ればいいじゃない
- 夫
- 例えば、どうやって?
- ここから、妻のセリフがすべて夫の声になる(夫の自問自答)
- 夫
- どうやってって…それは、やっぱり、メッセージ性じゃない?
- 夫
- メッセージ性があれば、オチがなくてもいい?
- 夫
- いいと思う
- 夫
- メッセージ性があって、さらに素敵なオチがあったら?
- 夫
- もっといい
- 夫
- おいおいおいおい
- 夫N
- このように、結局、最後は、自問自答して考えるしかないのだ。妻は仕事の相談には一切乗ってくれない。乗ってくれないというか、仕事のことは分からないのだ
- 書斎のドアをノックする音
- 夫
- はい
- ドアの開く音
- 妻
- ねえ、まだ起きてるの?
- 夫
- なかなかいいオチが浮かばなくて
- 妻
- 旅行の準備はもう出来た?
- 夫
- 準備は、出来てる
- 妻
- 軽井沢に行けばさ、きっといいアイデア浮かぶよ
- 夫
- まあ、確かに、最近はずっと篭っていたからなあ
- 妻
- 久々に羽を広げて遊びましょ
- 夫
- そうだな
- 妻
- 軽井沢に着いたら、まず何する?
- ここから、夫のセリフがすべて妻の声になる(妻の自問自答)
- 妻
- そうだなあ。やっぱりアウトレットモールでショッピングかな?
- 妻
- 旧軽井沢の方も行きたい
- 妻
- おお、行きたいな。モカソフトが食べたい
- 妻
- ああ、食べたい食べたい~
- 妻N
- このように、夫が仕事に出かけたあとは、一人寂しく妄想するしかないのです。夫は仕事ばっかりで全然構ってくれません。夜遅くまで帰って来ない家に一人ぼっちでいるこの寂しさが、夫には分からないのです
- 玄関のベルの音
- 妻
- はい
- 玄関の開く音
- 夫
- ただいま
- 妻
- おかえり。仕事の方はどう? 落ち着いた?
- 夫
- うん、オチ、付いた
- リビング(音楽がかかっている)
- 妻
- っていうオチはどう?
- 夫
- おお、いいかもしれない。“落ち着いた”と?
- 妻
- “オチ付いた”
- 夫
- うん、いいねえ
- 妻
- あなたは“オチ、付けないと”?
- 夫
- “落ち着けない”
- 妻
- みたいな
- 夫
- いいねえ。いやあ、相談に乗ってくれてありがとう
- 妻
- どういたしまして
- 夫
- 来週あたりさあ、旅行でも行く?
- 妻
- え、ホントに!? 軽井沢行きたい!
- 夫
- おお、行こう行こう。軽井沢で何したい?
- ここから、妻のセリフがすべて夫の声になる(夫の自問自答)
- 夫
- そうねえ、まずはやっぱりアウトレットモールでショッピングかな?
- 夫
- ショッピング、うん。あと、旧軽でモカソフト
- 夫
- ああ、食べたい食べたい~
- その夫婦はお互いの秘かな不満を分かり合っていた―
それが理想なのかもしれない…
- という、オチに決めたようだ―
それが理想なのかもしれない…
- 終