- 女N
- 結婚して三ヶ月もすれば、今まで気がつかなかった彼の意外な一面が見えてくる。
リビング。若い夫婦が笑い転げている。
- 男
- マジー?そんな先生おったん?
- 女
- おかしいやろ?っていうかウチのいってた高校ちょっと変な先生多かってん。歴史の大田っていう先生とか40過ぎくらいのおじさんなんやけど、なんか、尿道炎?尿幕炎?なんか石ができるやつ。
- 男
- 尿結石?
- 女
- そうそう。それなったみたいで、授業始めるとき毎回治療の様子っていうか経過とか、いちいち報告してからはじめるねん。
- 男
- え???
- 女
- マジいらんってとか思ってたんやけど。2週間ほど薬のみ続けたらしくて、石がコロンって出たときの話とか、ちょっと感動した。
- 二人は大爆笑。
- 男
- (笑いながら)なんで感動すんの?
- 女
- だってなんていうの、ニュースみたい、っていうか、
- 男
- ドキュメンタリー?
- 女
- そうドキュメンタリーみたいやってん。
- 男
- マジ笑える。
- 女
- それで。葦原って体育の先生いていっつもジャージなんやけど棒とかあったらすぐ拾うのよ。
- 男
- いるなーそういうおっさん。
- 女
- で、ウチの高校前にコンビニのなんかちっちゃい店あって、放課後とかみんなそこにオニギリとか買いにいくわけ、
- 男
- はいはい。
- 女
- で、葦原先生がそこで買い物してて放送で呼び出しかかったわけ、「葦原先生、葦原先生、内線10番お願いします」。学校の前やからコンビニまで聞こえてるのよ。
- 男
- うんうん。
- 女
- そしたら葦原先生が、何したと思う?
- 男
- え?…。わからん。
- 女
- コンビニにあった、公衆電話に10円入れて、イチ、ゼロってダイヤルしてんて!
- 女は大爆笑。
男はキョトンとしてる。
- 女
- …。
- 男
- え?
- 女
- だから公衆電話に10円入れて、内線で10番って言われてんで、それやのに公衆電話に10円入れて、イチ、ゼロって、
- 男
- …、へー。そうか、(愛想で)ハハハハ。
- 女
- …。
- 男
- なるほど。あ、食器、オレ、今日洗うよ。
- 女
- いいよ。
- 男
- いいよ、たまには、ね。
- 男は流しに立ち食器を洗う。
- 女N
- 彼は内線電話をつかったことがないのだろうか。ここにきて初めて知る彼の意外な一面。わたしより五つ年上で、村上春樹も夏目漱石も読んでて、図書館司書の資格も中型の免許ももってる彼。金魚すくいがメチャクチャ上手くて、バーべキュウの準備とかやらせたらほとんど完璧で、パソコンにも強くて、仕事で疲れていてもご飯も洗濯もたまにはたまにはって言いながらしょっちゅう手伝ってくれる彼。
もしかしたら彼は消火器の使い方知らないかもしれない。カレイとヒラメの見分け方知らないかもしれない。圧力鍋の使い方知らないかも知れない。お焼香の作法知らないかもしれない。
そう思うと私は流しに立つ彼の背中に抱きついた。
- 男
- おう、何すんの?
- 女
- よちよちカワイイのー。
- 男
- はぁ?やめろって水かかるぞ。
- 女
- そうかそうか。お姉ちゃんがついてるからなー。
- 男
- はぁ?
- 二人はとても仲良し。
- おわり