- ゴキゲンで切ない曲。
「雨あがりの夜空に」
三十代男の好きな年代の曲。かすかに聞こえている。
- 三十代男
- 知らない?
- 十代少女
- 知らない。
- 三十代男
- うそぉん、そんなことないでしょ、やってるでしょ、今の中学生だって。
- 十代少女
- しないよ。バカじゃんそんなの。
- 三十代男
- 俺が中学の時はまわりにいっぱいいたよ。やってるヤツ。やってる女子。
- 十代少女
- へぇ昔の女子って頭が悪かったんだ?
- 三十代男
- 恋心がそうさせたんだって。
- 十代少女
- なんかぁ。
- 三十代男
- うん?
- 十代少女
- 極道のぉ、命あげます的にぃ、背中に登り龍刺青して男の名前をさらに彫る、みたいな匂いがするんだよねぇ。
- 三十代男
- タトゥーで名前彫ったりするんだろ?
- 十代少女
- デザインがカッコよけりゃアリでしょ。
- 三十代男
- ほらほら、その心境なんだって。
- 十代少女
- これがぁ?
- と、十代少女が三十代男の左手首に手を伸ばす。
- 三十代男
- って、やめろよ、触るなよ。願い事叶わなくなるだろう!
- 十代少女
- なぁにそのイキナリ乙女心?バカじゃないの。ほれ。
- 三十代男
- だから、さわ、
- 十代少女
- ほれ、
- 三十代男
- やめろって、
- 十代少女
- ほーれ。ほれほれ。
- 三十代男
- ちょっ、お、お前俺の幸せ邪魔する気だろ。
- 十代少女、少し不機嫌になって、
- 十代少女
- バカじゃん。
- 音楽のヴォリュームを上げる。
- 三十代男
- おい、うるさいぞ。
- 十代少女はまたヴォリュームを上げる。
- 三十代男
- お前、ちょっと、音大きいって、
- 十代少女はまたヴォリュームを上げる。
- 三十代男
- 近所迷惑。って、返事くらいしろって。
- ブツリと、三十代男は音楽を消した。
- 十代少女
- 世話ねーな…
- 三十代男
- え?ナンて?
- 十代少女
- 四十手前のいい大人がよ、いつの時代のおまじないやってんだよ。
- 三十代男
- 効き目あんだってこれ。左手首に好きな人の名前彫って、名札の安全ピンでな。そこにバンソウコウ貼って、一週間そのバンソウコウを誰にも触られなかったら、
- 十代少女
- 両思いになるってぇ?誰となりたいわけ?最近行きつけのガールズバーのサキちゃん?取引先の受付レディ?レンタルビデオ屋のバイトの女の子?おでこと頭の境目が分からなくなるくらい髪の毛が寂しくなってきてるってのに、恥ずかしいんだよ。惚れて彫って浮かれてりゃ世話ねーなーっつったの。
- 三十代男
- お前何そんなに怒ってんッイテ!!
- と、十代少女は三十代男のバンソウコウをひっぺがした。
- 三十代男
- あ!もう!うわ!お前!何やってんだよぉ!?
- 十代少女
- どんなニヤけた顔して誰の名前彫ってんのかと思っ…て…
- 十代少女、三十代男の左手をじっと見る。
- 三十代男
- …あー…はずー…
- 十代少女
- ママ…?
- 三十代男
- …内緒だからな。
- 十代少女
- これ、両、思いって、望みうっす。
- 三十代男
- だからおまじないに頼ってんだよ。
- 十代少女
- 浮気やめりゃいいのに。
- 三十代男
- だからおまじないに頼ってんだっての。
- 十代少女
- 乙女かよ。
- 三十代男
- 乙女なんだよ。
- 十代少女
- バカじゃないの。
- と、十代少女は音楽をかけた。
どうしたんだヘヘイ、ベイベ
機嫌なおしてくれよ。
切なくてゴキゲンな曲。
バカじゃないの、と言った十代少女の
ご機嫌は、すっかりなおっていた。
近所迷惑もかえりみず、きっとこの夜は
三十代男と十代少女は曲にノッって踊るんだろう。
- おしまい