- そこは、どこかの森の中。
虫の声、鳥の声、川のせせらぎ。
森の静けさを破る女の声。
- 女
- あ゛~っ!
- 男
- なに?
- 女
- ううん。
- 男
- どうした。
- 女
- 来なくていいってば。
- 男
- 言いなさい。
- 女
- おっこちた。
- 男
- なにが?
- 女
- おっこちたやつは、私が食べるし。
- 男
- ひょっとしてゆで卵?
- 女
- あ゛、黄身が・・・せっかくいい感じの半熟にして持ってきたのに。
- 男
- もったいねー。
- 女
- 私食べるもん。
- 男
- 食えるか。炸裂してるぞ。
- 女
- あ゛~っ!
- 男
- こんどは何。
- 女
- み、味噌汁が煮立ってる。
- 男
- 見てないで火を止めろ、っつうか何もすんな、俺がやる!
- 男はコンロの火を止める。
- 男
- はああ。
- 女
- 温めなおそうと思って火にかけたの。忘れてた。
- 男
- あのな、
- 女
- ごめんね。
- 男
- 集中してっか?
- 女
- へ?
- 男
- 今、目の前で何をしているか、それにちゃーんと気持ちを傾けてる?
- 女
- キッチンじゃないし、こんな状況に慣れてないから仕方ないでしょ。
- 男
- いいや、まゆちゃんは家でもそうだ。
- 女
- そうかな?
- 男
- いつも、あ゛~あ゛~って言ってる。
- 女
- 私、いつもボーっとしながら料理してるってこと?
- 男
- 「グラスはなぜ割れた?」ってな。おいらの働いてた店で、先輩に言われたもんさ。
- 女
- グラスなんか割ってないよ。
- 男
- 例えだよ。グラスや皿が割れる時っつうのは、その瞬間をよくよく思い出せば全くのよそごと考えたり、他のことに注意を取られたりしてるってこと。
- 女
- 料理下手だからいつもテンパってるのよ。どーせ私なんか料理しない方がいいのよ。
- 男
- 大丈夫だって。そういうことを意識して積み重ねて行けば、自然と上達するもんだって。
- 女
- けど、セイちゃんは私よりひどいよね。
- 男
- え?
- 女
- グラスは何故割れたか、ならぬ私たちは何故道に迷ったか。
- 男
- それは、
- 女
- 地図持ってたのセイちゃんだよ。なのに、あの植物はなんとかっていう珍しいやつだとか、蝶の写真とるためにどんどん道じゃないとこへ入ってくし。
- 男
- 大丈夫だって。
- 女
- じゃここはどこ?この地図でいうなら、ここはどこなのよ。指し示しなさい。
- 男
- う・・・。
- 女
- お家に帰りたい。風呂入りたい。お布団で寝たい。
- 男
- 明日には帰れるって。悪かった、俺が悪かったから。
- 女
- あ゛~!
- 男
- なに。
- 女
- どうしよ。
- 男
- なになに。
- 女
- あの、ヘッドランプって言うんだっけ。あの電池、家に置きっぱなしだ。
- 男
- まじで?
- 女
- まじで。
- 漆黒の闇が、まもなく二人を包むだろう。
- 終わってまた始まる