そこは、どこかの森の中。
虫の声、鳥の声、川のせせらぎ。
森の静けさを破る女の声。
あ゛~っ!
なに?
ううん。
どうした。
来なくていいってば。
言いなさい。
おっこちた。
なにが?
おっこちたやつは、私が食べるし。
ひょっとしてゆで卵?
あ゛、黄身が・・・せっかくいい感じの半熟にして持ってきたのに。
もったいねー。
私食べるもん。
食えるか。炸裂してるぞ。
あ゛~っ!
こんどは何。
み、味噌汁が煮立ってる。
見てないで火を止めろ、っつうか何もすんな、俺がやる!
男はコンロの火を止める。
はああ。
温めなおそうと思って火にかけたの。忘れてた。
あのな、
ごめんね。
集中してっか?
へ?
今、目の前で何をしているか、それにちゃーんと気持ちを傾けてる?
キッチンじゃないし、こんな状況に慣れてないから仕方ないでしょ。
いいや、まゆちゃんは家でもそうだ。
そうかな?
いつも、あ゛~あ゛~って言ってる。
私、いつもボーっとしながら料理してるってこと?
「グラスはなぜ割れた?」ってな。おいらの働いてた店で、先輩に言われたもんさ。
グラスなんか割ってないよ。
例えだよ。グラスや皿が割れる時っつうのは、その瞬間をよくよく思い出せば全くのよそごと考えたり、他のことに注意を取られたりしてるってこと。
料理下手だからいつもテンパってるのよ。どーせ私なんか料理しない方がいいのよ。
大丈夫だって。そういうことを意識して積み重ねて行けば、自然と上達するもんだって。
けど、セイちゃんは私よりひどいよね。
え?
グラスは何故割れたか、ならぬ私たちは何故道に迷ったか。
それは、
地図持ってたのセイちゃんだよ。なのに、あの植物はなんとかっていう珍しいやつだとか、蝶の写真とるためにどんどん道じゃないとこへ入ってくし。
大丈夫だって。
じゃここはどこ?この地図でいうなら、ここはどこなのよ。指し示しなさい。
う・・・。
お家に帰りたい。風呂入りたい。お布団で寝たい。
明日には帰れるって。悪かった、俺が悪かったから。
あ゛~!
なに。
どうしよ。
なになに。
あの、ヘッドランプって言うんだっけ。あの電池、家に置きっぱなしだ。
まじで?
まじで。
漆黒の闇が、まもなく二人を包むだろう。

終わってまた始まる