- 激しい雨。
- 女N
- 春の嵐。それは一年に一度だけのことだ。
- 喫茶店の「カランコロン」
- 男
- おう。ごめんな忙しい時に。
- 女
- うん。
- 男
- 元気?
- 女
- うん。
- しばしの沈黙。
- 男
- こないだジムジャームシュ観なおした。やっぱすごいよあれは。たまたまビルマーレ
イがでてるの深夜やっててさ。やっぱ音楽の使い方とかすごくてさ。「ミステリィトレイン」の頃は「どうやろ?」って思ってたけど、すげーよかった、あれでカンヌ取ったらしいよ。でもなんか小道具とかクドイって思っちゃうよね、はいはいそうゆう展開みたいな。あ、「グラントリノ」も観たけど、やっぱ去年の一位はあれかな。「チェンジリング」は重すぎ。
- 女
- いいから、早く出してよ。
- 男
- うん。
- 男はカバンから書類をだす。
それは確定申告に必要な書類。
- 男
- なんかあるやんパソコンでやるヤツ。イータックス?あれ挑戦したけど全然記入でき
なくて。
- 女
- 支払い調書は?
- 男
- あ、この封筒。
- 女
- 経費は?
- 男
- ?
- 女
- 領収書。
- 男
- あ、この封筒。
- 女
- 貸して。
- 男
- 電卓。
- 女
- いい。持ってきた。
- 男
- ごめんな。
- 女
- 作品ごとの経費でないけど。
- 男
- いいよ。全然。
- 女はパチパチと領収書をまとめ出す。
- 女N
- 毎年一年に一度。確定申告の季節。二人は会う。私はわざわざ電車にのって、昔住んでいたこの町に。あの人は目元だけあの頃のまで。顔は確実に30代。映画好きの若い女の子にはもてるかもしれない。
- 女
- 控除なんもなしでいいの?
- 男
- うん。
- 女
- 国保は?
- 男
- いい。
- 女
- …。どうしてんの?
- 男
- ……。
- 女
- まぁいいけど。
- 男
- ありがとう助かった。
- 女
- もう来年は電話せんといてよ。
- 男
- うん。ごめん。
- 喫茶店の「カランコロン」。
二人は別れる。外はまだ雨。
- 女
- 若い大学生たちと一緒に私は駅に向かう。平成21年、あの人は127万円の収入があった。大学生たちはラクロスだろうか、ホッケーだろうか、肩からラケットのようなものを下げている。さよなら90年代。私も帰る、今の生活へ。あの人を残して。
- おわり