- 私(20代半ば・男性)腹筋善之介
彼(20代半ば・男性)堀江勇気
女(20代半ば・女性)平野 舞
- 両親を早くに亡くした彼は 1人で生きていた
1人が好きな様子だった上に1人が良く似合っていた
そんな彼に興味を持った私は 学生の頃 彼の姿を追ってその数年間を過ごした
あの日 電車を乗り換えようとホームで電光掲示板を見上げていたところ 最近連絡を取ることがなかった彼のことを ふと 思い出した
彼の名前は 武本敏弘 といった
- 女
- うん うん うん
- 私
- どうしたんだい そんな部屋の端っこで
- 彼
- あぁ 植山君か 久しぶりだなぁ何か用か
- 私
- 最近連絡を取っていなかったから どうしてるのかと思ってな
- 彼
- そうか そうだったか
- 私
- 寒いのか 布団にくるまっているけど
- 彼
- いや 寒くはないんだけどこいつが寒いって言うから
- 私
- なんだ その箱みたいなものは あ CDプレイヤーか
- 彼
- 違うよ これは カセットプレイヤーっていうんだ
- 私
- カセット?あぁ噂には聞いたことがあるけれど見るのは初めてだよ
- 彼
- 少し前は僕もそうだった ある日誰からかカセットテープが届いてね それで電気屋街でカセットプレイヤーを買って 再生ボタンを押して するとどうだ 彼女が僕の話し相手になってくれたんだ
- 私
- それは驚きだなぁぜひ聞かせて欲しい
- 彼
- もちろん
- ガチャ(カセットプレイヤーを再生する音)
- 彼
- 元気かい?
- 女
- うん
- 彼
- 今日は友達の植山君が遊びに来てくれたよ
- 女
- うん
- 彼
- 寒くないかい?
- 女
- うん
- ガチャ(カセットプレイヤーを停止する音)
- 彼
- ほら 素敵な声だろう
- 私
- なるほど 「うん」という言葉が何度も録音されているわけだな
- 彼
- 君は 何を言ってるんだ
- 私
- え?
- 彼
- 僕たちは会話をしているんだよ語り合えてるんだ
- 私
- おい どうしたんだ 頭でもおかしくなったか
- 彼
- 僕がかい?冗談はよしてくれよ 君より試験の点数が低かったことは一度も無かったじゃないか一度も
- 私
- カセットテープと話すことを否定はしないけれど 少し 顔色が良くないんじゃないか
- 彼
- そうかな わかったよ
- 私
- ちゃんと食べるんだぞ
- 彼
- わかってるよ
- 私
- あの時私は 彼に顔色が悪いと言ったが本当はその間逆で彼の顔は とても眩しく きれいだった
彼は 恋をしていたんだと思う
- 女
- うん うん うん
- 私
- 彼が亡くなって カセットテープだけが残った
私はこの時初めて カセットプレイヤーの使い方を 調べて 再生ボタンを 押してみることにした
- 女
- うん うん うん
- 私
- 相槌だけが録音されたカセットテープに 彼は何を思い巡らせたのか
- ガチャ(カセットテープのA面が終わる音)
- 私
- A面の再生が終わった 今までの私ならここで終わりだと思っていただろうが 今日はそれについて色々調べてきたのだ
A面が終わったら 裏返して 再生ボタンを押す
するとなんとB面の再生が始まるのだ
裏面を使うとはなかなか考えたものだなぁという感心もつかの間に 彼女は 話を始めた
- 女
- 敏弘へ
このテープが無事にあなたの元へ届いていることを祈ります
本当は ずっとずっとあなたと一緒に居たいのですが お母さんはもう長くありません
あなたが今日も 元気で毎日を過ごしていますように
- 私
- 彼が最後に愛したのは 彼の母親だった
- 終わり