- 象
- ポキンと小さな音がして、足元を見ると、
骨のカケラがひとつ、ひからびてありました。
- 骨
- 「こんな大きい象にふまれるとは思わなかった。」
- 象
- と骨が言ったので、ぼくはあわてて答えました。
「考え事をして、うっかりぼんやりしてしまいました、ごめんなさい。」
- 骨
- 「それじゃあしかたないわね。それにしてもこんなところに象だなんてめずらしい。
散歩かなにか?」
- 象
- 「いえ、探し物をしてるんです。長いことずっと。歩いて歩いていつのまにかここにたどり着きました。」
- 骨
- 「探し物。」
- 象
- 「今度は象なので、どうやらずいぶん遠くまで来れたみたいです。」
- 骨
- 「今度は?」
- 象
- 「はい、ぼく今は象だけど、もっと昔はキリンでした。」
- 骨
- 「なんでまた。」
- 象
- 「キリンだったら、長い首でどこまでも見渡せるし、探し物が見つかるんじゃないかと思って。」
- 骨
- 「なるほど。」
- 象
- 「オオカミだったこともあります。すばやくて鼻がきくし、仲間もいるしね。」
- 骨
- 「それは心強いね。」
- 象
- 「せまくてちいさな場所を探そうと思って、ネズミにもなりましたし、より速く移動できるようにとチーターにもなりました。でも残念ながら探し物はいっこうに見つからないまま、ずいぶん時間が過ぎてしまって…。」
- 骨
- 「ねえ、その、探し物って何?」
- 象
- 「それが…忘れちゃって。」
- 骨
- 「忘れちゃったの?」
- 象
- 「あれこれいろんな方法でいろんなところを探してるうちに、一体何を探してたのか
わからなくなってしまったんです。困ったことに、探し物をしながらそれが何だったのかを探している、というわけなんです。」
- 骨
- 「思い出せないのね。」
- 象
- 「だから今度は、できるだけ長く生きて、ぼくが探してるものが何なのかを探すために、象になってこうやって歩き続けているんです。」
ぼくは足元の骨のカケラに顔を近づけました。
「あなたを思わずふんでしまって、ごめんなさい。」
カケラは粉々になったまましばらく黙っていました。
小さく乾いた白いカケラは、土にまじって今にも見えなくなりそうでした。
- 骨
- 「あなたがね、今ふんでいるのは、私のアバラ骨。」
- 象
- 「え?」
- 骨
- 「思い出した。私もずっとここで待っていたんだった。」
- 象
- 「何を?」
- 骨
- 「それはね、私の…」
- 象
- ぼくがぼくの大きな足裏を持ち上げたその時、風がひとときふいたかと思うと、骨の最後の一片をさらっていきました。ちりになって舞い上がったその粒はぼくの目をかすめ、ひんやりとした痛みに、ぼくは思わずまぶたをとじました。
- おわり